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みなさん、おはようございます。昨日はほぼ一日、読書をして過ごしました。大瀧詠一さんが話した内容を萩原健太さんがまとめた『HAPPY ENDING』という、とても読みごたえのある本をずっと読んでいました。発売されたばかりの本なのですが、ページをめくる手が止まらないような一冊で、じっくり味わいながら読んでいました。
そんな中でも、一昨日の晩から作り始めていた新しいコンペ曲の仕上げをやったり、いくつか届いていた嬉しい知らせのメールにお返事をしたりと、静かではあるけれど、なかなか充実した一日でもありました。
WBCもだいぶ盛り上がってきましたね。カナダが初めて第一次ラウンドを突破したり、ドミニカとベネズエラが順当に勝ち上がってきたりしていて、見どころがどんどん増えてきました。日本はベネズエラとの対戦になりますし、アメリカも大チョンボで、もう少しで一次ラウンド敗退か、というような場面もあって、なんとも目が離せません。明日以降は決勝戦まで、しばらく野球漬けの日々になりそうです。
このところ、ゼミ生のみなさんにも「そろそろ本当に取りに行こうぜ」という感じで、アクセルを踏み込む号令をかけました。みんな本当に一生懸命やってくれていて、ここまで来ると、もうこのメンバーで固まった、そう言えるところまで来た気がしています。
新しくゼミ生を募集しているわけでもないですし、作家さんをどんどん募っているわけでもないのですが、そんな中でも「BINGOに入りたい」と、わざわざご連絡をくださるベテラン作家の方もいて、新たに仲間に加わっていただきました。本当にありがたいことだなと思っています。
大量生産ができる体制ではありませんが、そのぶん、一曲一曲を丁寧に作っていくことを大事にしながら、これからもBINGOをやっていきたいと思っています。地に足をつけて、焦らず、でも着実に。春にかけては嬉しいお知らせもいろいろできそうですので、どうぞ楽しみにしていてくださいね。
お疲れ様です! ここ数日、まとまった文章を書く時間がなかなか取れなくてごめんなさい。 実はこの二日間、ゼミ生限定の「社内コンペ」でみんな熱く競い合っていたんです!
本当に力のある素晴らしい作品がたくさん集まりました。 ゼミ生以外のメンバーや、マイソングプランのみんなにも絶対に聴いてほしいです!
ちょっと長くなりますが、今回の配信で全曲かけていますので、ぜひチェックしてみてください!!
2026年3月9日の朝、SNSを開いたら、BINGOメンバーのかねまん君がメッセージを送ってくれていた。今日で『君はメロディー』の発売からちょうど10年になる、と。正直、すっかり忘れていた。だが、こうして節目節目に曲のことを思い出させてくれる人がいるのは、本当に嬉しいことだと思う。節目というのは、やはり大切にしたい。
『君はメロディー』は、私にとって人生の一曲と言っていい。書いたのは2015年のゴールデンウィークのことだ。あの頃の記憶は、今も鮮明に残っている。
茅ヶ崎へ
その春、私は川崎の武蔵小杉から湘南へ引っ越した。同じ神奈川県内の移動と言えばそれまでだが、東京から電車や車で一時間以上かかる茅ヶ崎は、文化も空気も全く異なる街だ。私にとってはちょっとした移住だった。
川崎での暮らしは悪くなかった。部屋も気に入っていたし、思い出もある。ただあの頃、あることに気づいてしまっていた。自分の楽曲は、日常の中で歩いたり、景色を眺めたりする時間の中から生まれている——そのことを、川崎時代に改めて意識したのだ。散歩道もなく、海もない環境では、広がりのある気持ちで曲を書くことができない。そう感じていた。
だから住む場所は決まっていた。藤沢から鎌倉、茅ヶ崎あたり——関東で一番住んでみたい場所は、ずっと湘南地区だった。そこで部屋を探して回っていた、ある冬の日のことだ。
トンビの洗礼
海辺のパン屋の前を通りかかったとき、美味しそうなタマゴサンドが目に入った。せっかくだからと買って、茅ヶ崎の浜辺に腰を下ろし、海を眺めながら食べていた。そこへ突然、一瞬のことだった。トンビが急降下してきて、タマゴサンドをさらっていった。顔に小さな傷を負い、近くの駅に駆け込んで駅員さんにバンドエイドを借りた。「あなたもやられたんですね。みんな最初は油断してしまうんですよ」と、駅員さんはまるで慣れた様子で言った。
痛かったし怖かった。顔から血が出ていた。それでも、妙な確信があった。「ぼんやり生きていたら全部持っていかれるぞ」と、トンビに言われた気がした。まだ少し迷っていた引っ越しを、その日に決めた。
結果、この茅ヶ崎への移住は、私にとって本当にいいものになった。
海に祈りながら
茅ヶ崎に移り住んでから書いた最初の曲が、乃木坂46の『全部夢のまま』だった。そのひと月後に書いたのが『君はメロディー』だ。
当時の私には、切迫した理由があった。前田敦子さんへの楽曲提供で得た収入の貯蓄は、そろそろ底をつきかけていた。2015年中にヒット曲が出なければ就職するしかない——本気でそう思っていた。だから毎朝、海辺をジョギングしながら江島神社に向かって手を合わせた。「ヒット曲が書きたい。よろしくお願いします。」そう祈って、部屋に戻り、曲を書いた。
しかし2015年中には採用の知らせは届かなかった。私は就職を決めた。そして——その翌月、事務所から連絡が来た。「表題に決まったよ」と。
AKB48のポスターに囲まれながら
すぐに辞めるわけにもいかず、約一年間は働き続けた。勤め先は大手の通信会社だった。そしてそこのキャンペーンタレントが、AKB48だった。
『君はメロディー』がヒットチャートを駆け上がっていたあの頃、私はAKB48のポスターに四方を囲まれながら、毎日その職場で黙々と働いていた。なんとも妙な話だが、職場の人たちはみな良い人たちで、その一年は決して無駄ではなかった。今となっては笑える、大切な記憶だ。
センター街の話
この曲のデモを書いていた頃、仮歌詞の舞台は新宿だった。私は仮歌詞に地名を入れるのが好きで、地名というのは不思議な力を持っている。その土地を知っている人には具体的な光景を呼び起こし、知らない人には「どんな場所だろう」という想像の余地を与えてくれる。
ところが秋元康さんの本歌詞では、舞台が渋谷のセンター街になっていた。これを見たとき、私は思わず唸った。私は神戸で育った。センター街は全国各地にある。渋谷のセンター街を思い浮かべる人もいれば、地元の商店街を思い浮かべる人もいる。この曲を私が歌えば神戸の歌になり、別の誰かが歌えばその街の歌になる——秋元さんはそういう仕掛けを、さりげなく曲の中に忍ばせていたのだ。改めて、この歌詞の深さに感じ入った。
回り道の先に
あの頃の私には、本当に何もわからなかった。楽曲の作り方も、コンペへの提出の仕方も、仮歌詞が必要かどうかも。事務所とのマネジメント料の交渉の仕方さえも。誰も教えてくれる人がいなかった。ただがむしゃらに、全てを投げ打ってヒット曲を書くことだけを考えていた。
今、私は成瀬ゼミという場で、作曲を志す後輩たちと向き合っている。私が経験した遠回りを、彼らには繰り返してほしくない。そう思って始めた場だ。あの頃の私に似た人たちが少しずつ集まってきている。そういう人たちが一生懸命、人生を切り拓いていける場所にしていきたいと思っている。
10年後の朝に
10年が経ち、『君はメロディー』はAKB48の曲として話題に上がるたびに、今も一緒に愛され続けている。アイドル文化の中で、これほど楽曲を大切にしてもらえるものかと、改めて感じ入っている。昨年はAKB48の20周年があり、今年は私自身の作曲家20年という節目でもある。時間が経つのは本当に早い。
この曲を愛してくださった全ての方へ、心から感謝を申し上げたい。そして、この曲を通じて私という作曲家を知り、ゼミの門を叩いてくれた人たちへ。私でも書けたのだから、一生懸命やれば必ずいいことがある。それだけは、胸を張って言える。
成瀬英樹(you-me)
おはようございます!
昨日もエスコンフィールドでオープン戦。今季3戦目。
ちょっとばかし簡単な機材を買って、社の資料として動画を一本撮った。「最初はこんな感じだったんですよ」という記録のつもりで。
素材を撮影するまであまりバタバタしたくなかったので、いつものiPadスコアつけをサボってぼーっと試合を観ていた。若手選手中心のスタメン。数年後にはこの子達がファイターズを支える選手になっているのだろう。
そういえば、僕はずっと野球を見ていたな。
初めて見たホームランを覚えている。田淵幸一が阪神時代のオープン戦で放った放物線は、今も僕の心のフィルムに焼き付いている。明石球場という、明石公園の中にある小さな野球場だった。一体あれは昭和何年なんだろう。俺は一体、どのくらいの長い時間、野球を見続けているのだろう。
Netflix、本当にうまいことやるなあ。
結構な数のYouTubeチャンネルに、「Netflix公式クリエイター」として自由に映像を使う権利を与えたという。個人でやってるチャンネルにも、だよ。これが意味するところが、僕には大変興味深い。
WBCの盛り上がり次第だが、2週間後には、エンタメの世界の景色が一変して見えるのかもしれない。これまで見て見ぬ振りをしてきた層にも。そして彼らは嘆くのかもしれない。時代は変わった、昔は良かったと。
本当にそうなのか? 本当に昔は良かったのか。答え合わせ、そろそろ始まってるんだと思う。
昨日は今年のエスコンフィールド第1戦、オープン戦を観てきた。公式戦のチケットは入手困難なエスコンも、オープン戦はゆっくり観られた。不思議だなって思う。選手たちはオープン戦だろうが、日本シリーズだろうが、WBCだろうが、自分の人生を賭けて一所懸命プレイするのに。しかもおんなじルールで行われる、同じスポーツなのに。片やチケットが取れなくて、片やガラガラ。出場する選手も同じなのに、ね。
WBCなら観る——それはすごく理解できる。さすがにそれは、頭の硬い僕でも理解できる。
でも、公式戦は観るけどオープン戦はどっちでもいい、ってのは、やっぱりよくわからんな。
エスコンに通い詰めて3年目のシーズン。周りの席のみなさんとも、ビールや飲み物の売り子さんたちとも、笑顔で挨拶。さすがにずっと同じ席で観ていれば、自然と親密になる。今年も始まりましたね、よろしくお願いします、ってね。
今川選手のホームランもあって、ファイターズは幸先よく勝利。やっぱりベースボールって最高っす。
今朝は早起きして、ラジオを収録しました。これから少し休憩して、作曲配信をします。あとでここにリンクを追加するので、メンバーのみんなはぜひ見てね。
じゃあ、今夜も、エスコンでファイターズを観てきます。