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恋に落ちたら
BINGO Songwriting Club 「成瀬英樹ゼミ」 メンバー マイソングプラン
成瀬英樹
成瀬英樹
11月3日 16:38

お疲れ様です。
 

ここ数日は規則正しい生活だった。朝早く起きて、メールなどの事務作業をし、午前中いっぱいエスコンフィールドでファイターズの秋季キャンプを観て、午後に生協に寄って弁当やサラダを買って帰り、夕方以降はゼミ生との曲作りセッションや、自分のコンペ用の曲作りをした。なるべく2時までには寝るようにしていた。5時間くらいは睡眠時間を取らないとね。
 

土曜日に作曲作業をし、日曜に編集&ミックス。弊社からも何曲もご採用いただいているアイドルユニットに向けた曲。「結局またこれですか、成瀬さん」ってな成瀬節だが、いや、それ故に、すごく気に入っている。
 

その締め切りと並行して、作家さんたちには嬉しいミッションもあり、みんなここ数日は不眠不休だったのだと思う。僕も思いを乗せて、ずっと起きて仕上がりを待っていた。

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北の街ではもう、悲しみを暖炉で燃やしはじめています
成瀬英樹
成瀬英樹
10月29日 20:05

お疲れ様です。


僕が住む北海道北広島市に短い秋が来て、ここ数日はそれを楽しんでいる。エスコンフィールドのある一帯は「Fビレッジ」と呼ばれていて、ちょっとした「まち」になっている。カフェがあって、ベーカリーがあって、レストランがあって、うどん屋があって、アパレルまである。エスコン自体も毎日開いていて、スタンドでコーヒーを飲みながら、きれいなフィールドで選手たちが自主練するのをのんびり眺めたりもできる。エスコンの中にも、試合のない日に営業している飲食店が結構ある。


僕の部屋からエスコンまでは歩いて15分ほど。広く見れば、Fビレッジの中に住んでいると言えなくもない。札幌に来てもうすぐ丸3年になるが、ここ北広島に移ってきたのは去年の9月だから、この「まち」では2度目の冬になる。エスコンに近いということは、そのぶん駅からは遠いということで、最寄りの北広島駅からだと歩いて25分くらいかかる。冬は雪があるので、さらに10分は見ておいたほうがいい。


エスコンフィールドの弱点は、今のところ「駅から遠い」、ほぼこれだけだと思う。甲子園も東京ドームもハマスタも、西武のベルーナドームも、だいたい球場というのは駅のすぐそばにある。広島のマツダスタジアムも駅から歩いて行きやすいし、遠いことで有名だった神戸のほっともっとフィールドだって、駅に着いてしまえば球場は目の前だ。


北広島駅からエスコンまでは、さっきも書いたとおり歩いて25分。輪厚川を眺めながら歩く道は、天気さえ良ければのどかで本当に気持ちがいいのだけど、行きも帰りも歩くとなると、相当足に自信がないと厳しい。そこでバスの出番になるわけだが、このバスが試合の前後は混む。かなり、混む。


そういえばアメリカの球場はどうだったかなと思い返してみる。僕が行ったところで言うと、ニューヨークのヤンキースタジアムとシティフィールドは駅前だった。シアトルのT-モバイルパークも駅からすぐ。サンディエゴとロサンゼルスのドジャースタジアムは、どっちも車で行ったからな。でっかい駐車場があって、車だとすっげえ便利だった。


そんなふうに立地だけが弱点のエスコンフィールドだけど、まわりにはFビレッジという小さな街ができていて、僕はその文化圏で暮らしている。そしてこのFビレッジには新しい駅ができる予定で、再来年、2028年3月の開業を目指しているそうだ。空港と札幌を結ぶJR千歳線の「Fビレッジ駅」。あと1シーズン待てば、その次の春には、球場がいきなり駅前になるんだよね。


そうやって街が変わっていくのを近くで見ているうちに、僕の北海道暮らしも丸3年になろうとしている。3年といえば、中学や高校に入ってから卒業するまでと同じだから、けっこうな時間だ。ただ大好きな球場の近くで暮らしたくて来ただけなのに、今では北海道に戻ってくると「帰ってきた」と思うようになった。この静かで小さな街にも、顔を合わせれば挨拶するお店の人がたくさんできて、僕はここで静かに、わりと楽しく、暮らしている。


もともと、僕の仕事なんてどこでもできるだろうと思っていたから、それが本当に北海道でもできるのか、試してみたかった。もう1つは、野球場のそばに住んで、野球を観ながら仕事ができたらいいなという、「いつかこんな暮らしができたら」と思っていた暮らしを、いつかじゃなくて今やってみようと思ったのだ。誰にも止められなかったし、もちろん勧められもしなかったけど、その暮らしがこうして3年続いている。


それだけ暮らしてみても、僕にとって北海道ってどういう場所なんだろうと時々考える。3年住めば大したものだとは思うけど、自分のことを道民だとはまだなかなか言えないし、かといって旅行者でもストレンジャーでもない。まあ、難しいことは考えずにレット・イット・ビーで行こうと思っているが、1つだけ言えるのは、僕はこの「まち」が大好きだということだ。


今日はちょっと寝坊した。最近疲れているのかなと思いつつ、いくつものコンペや、いただいていた案件の曲もひと段落して、僕にとって熱くて長い夏がようやく終わったところだ。野球のシーズンも終わったし、さあ気を引き締め直して、この冬もまた仕事をしようと思っていたら、今朝、本当に嬉しい知らせが飛び込んできた。


僕がいちばん嬉しいのは、一生懸命頑張っている作家に嬉しい知らせが届いて、それを仲間たちと一緒に喜べることだ。もちろん自分の曲が採用されたり、ヒットしたりするのも嬉しい。でも、もしかしたらそれ以上に、仲間が成功するほうが嬉しいのかもしれない。今朝、その知らせを伝えた仲間から「BINGOに入ってよかったです!」と言ってもらえて、なんとも言えない気持ちになった。


その知らせのおかげで少し気持ちに余裕ができたので、久しぶりに札幌まで出てみた。札幌に行く時は、いつもエスコンの前から出ているバスで新札幌まで行って、そこから地下鉄で大通まで出る。そうすると札幌の繁華街なのだが、お酒は飲まないし、美食家でもないし、ファッションにもほとんど興味がない僕が行くところといえば、だいたい本屋だ。最近はレコードショップにもあまり行かなくなったので、もう本屋一択と言っていい。


本は基本的にKindleで買うようにしているけど、アメリカ文学なんかで、読みたい本がKindleになっていない時は紙で買う。先月ニューヨークに行っていろんな場所を巡った流れで、今サリンジャーにハマっているという話は、前にも少し書いたかもしれない。残りの人生でこの人の作品を全部読んで研究してやろうと思っているので、今買えるものは買っておこうと本屋に行ったら、ちょうど初期の短篇を集めた本が柴田元幸さんの訳で出ていた。落ち穂拾いみたいに、まだ読んでいない作品が読めるのが嬉しくて、買って帰ってきた。本当に、いつもタイミングがいいんだよね。


お酒を飲んだり、夜のいろんなお付き合いがなくなったりすると、そのぶん夜の時間が自分のものになる。秋の夜長にゆっくり本を読んだり、曲を作ったり、いろんな音楽を聴いて研究したりできるのが、今の暮らしで好きなところだ。とはいえ、ここ北広島には、仲のいい友人と呼べる人がまだ1人もいない。誰かと飲みに出かけたり、誘ったり誘われたりということもないから、寂しいといえば寂しいのかもしれないけど、そのぶんじっくり、ゆっくり過ごせるとも言える。


一方で、友達が北海道に来る時は必ず連絡をくれるので、東京にいた頃よりかえって会う回数が増えたりするのが面白い。近くに住んでいたからといって、しょっちゅう会っていたわけでもないんだよね。そんなわけで、好きな本を読んで、音楽を聴いて、時々友達と会いながら、この街での毎日を楽しんでいる。


さあ、ここからまた気を引き締めよう。力強く、エレガントな楽曲を、これからも丁寧に作っていこう。流行なんか一切気にするな。ゼミ生のみんなも作家さんたちも、頑張ろう。夜明けは近いよ。
 

振り返り配信!!!
BINGO Songwriting Club 「成瀬英樹ゼミ」 メンバー マイソングプラン
成瀬英樹
成瀬英樹
10月28日 19:39

お疲れ様でございます!!!

 

我らが石崎光さん、今月8曲目の採用!!! 本日発売、NGT48『風の片想い』Type-Bに、光さんが作曲・編曲した『恋を追い越したら、愛だった。』が収録されています!光さん、おめでとうございます㊗️


昨日は、B1ミーティングでした。急な召集にも関わらず、たくさんの作家が集まって、楽曲を聴き合い、忌憚のない意見を交わしあいました。

 

今から、成瀬による「振り返り配信」、メンバー&ゼミ生のみんな、リアタイでアーカイブで、ぜひお楽しみくださいね!

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さあ、冬が来るぞ
成瀬英樹
成瀬英樹
10月26日 18:19

お疲れ様です!


昨日は昨日とて、家で細々とした作業を。作曲家と言ってもいわゆる「曲を作る」というワードで思い起こされるような、芸術的葛藤の時間はかなり少なく、いやそのほとんどの時間が「細々とした作業」に追われると言っても過言ではない。あれを切ったりこれを貼ったり、何かを繋いだり、また修正したり、の繰り返しで、その度にシビアな判断を強いられる。そしてその判断によって得られる未来が劇的に変わってくる上に、いちど誤った方向に向かったなら、そこから道を戻すのは非常に困難と言わざるを得ないだろう。だからこそ、そこには「選ぶ力」が大切になってくる。「これはない」と自分のアイデアにツッコミを入れること。それこそが何より大切なのだ。時に人は、それを「センス」と呼ぶ。


例えば、「ヒラウタとサビの差異をあまり感じない上に、ヒラウタのキーをもう少し下げることがレンジ的に可能」であった場合、全音もしくは短三度ヒラウタを下げる、というようなことを思いついたとする。これまでだと、MIDIとオーディオ共に手動でぐいぐいと下げて行ったわけだが、先日思い立ってClaude Code(クロードコード)にこの作業をまかせてみた。すると、「いや何を今更」とあなたは言うかもしれないが、僕は真剣に驚き、そして怖くなってしまった。


なぜなら、この僕の無茶振りとも言える「オーディオもMIDIもまとめて全音下げろ」なんて命令にもClaude Codeは二つ返事で「わかりました!」とガギガギグギグギと動きだしたのだ。「あなたのMacの中に入らせてもらっていいですか?」という問いに僕がイエスと答えたその瞬間から、僕のMacはClaude Codeに操られ、Logicのデータをガギガギグギグギと変更し始めた。


実際、それらの作業は人間的な視点から見ると(その上、僕のようなものぐさが服を着て歩いているような者にとって)、その工程に入る前に「一旦珈琲でも淹れるか」と言わせるに十分すぎるカロリー消費を僕に強いるのであるが、そんなのやりゃあ、あっという間に、数十分で終わるものなんだって知ってはいるのだけれども、それでもね。


ある種の人々は「そんなもの、自分でやった方が早いじゃないか」と悪態の一つでもつきながらすぐにサクサクやってしまうのだろうと思う。絶賛発展途上中のAIのミスに目を瞑りながら(これがまた、結構な頻度でおとぼけなミスを重ねるのだ)何度もトライを繰り返す僕の方が、実はとても面倒なことをしているのは重々分かっているのだが、自分の作業を近い将来、爆発的に楽にしてくれるという確信があるから人は(などと主語を広げてしまいがちな癖があるが)、新しいテクノロジーと格闘することを厭わないのである。そして、その新しいテクノロジーから利を得ることができるようになった頃合いに、また新しいテクノロジーと格闘するのである。


まるで、あれだ。木の周りをぐるぐる回るやつだ。バターになるやつだ。


そう考えたら、人間てのは本当にコスパが悪い。何か仕事をするたびに、疲れただの休ませろだの、癒しが必要だの言い出す。その点AIは「やれ」と言われたら、即座に全力で仕事に当たってくれる。結構な数のトライ&エラーを繰り返しながら、ミッションを遂行するためにベストを尽くしてくれる。自分もそうなれたらな。無限に曲を作ることができる作曲マシーンになれるのに。


しかしながら僕はこうも思う。ことクリエイティブに関しては、AIと人間は考え方において、さほど変わりはないと。AIにしてもデータを食いまくって、そこから様々なクリエイティブを(例えば楽曲を)「生成」する。僕たち人間も、自分という入れ物に溜め込んだ音楽や文化や人生的経験と、やはり無から有を生み出す力を使って、楽曲を作る。そう考えたら、どれだけのインプット、しかも良質なものが必要であるかというのは、自明である。


ここまでが、「昨夜、夜通しでNetflixのドラマを一気見してしまいました」という事実に対する僕のエクスキューズである。ああ、神様、本当に申し訳ありませんでした。僕はクドカンさんの最新作『俺のこと、なんか言ってた?』を徹夜で一気見してしまい、翌日大いに寝坊してしまいました。しかしながら、これも僕の大切な「インプット」のためであります。どうかお許しを。


大好きな大好きなクドカンさんの作品。心待ちにしていました。当代随一のホームドラマの名手、まさにここにありという実に見応えのあるドラマになっています。もしあなたが見ようかどうか迷っているのであれば、僕が背中を押したいと思う。大丈夫、めっちゃ面白いから。いや、そんな僕も、見ようかどうかちょっと迷ってて(人はこういうときに忙しいから、という言い訳をしっかり用意しているものだ)、娘からの「おもしろかった!」LINEに背中を押されて見たクチなのだから。


誰が出ているとか、どんな話だとかいう、そんな野暮なことはここでは言わないでおきますが。24歳の娘曰く「なんか、がんばろうと思った」って感想がすべてだと思った。実はパパもそう思ったのだ。「あきらめないこと」が果てしなくダサいこととされている(ように見える)この2026年において、それでも「あきらめない」というメンタリティが有効であることを伝えてくれるドラマでした。


そんな中、僕ににわかに吹き荒れているのが、人生何度目かの「サリンジャーブーム」。旅先で本を読むのが三度の飯より大好きな僕が、先月の米国旅行のお供に選んだのが『キャッチャー・イン・ザ・ライ』。今回のNY滞在はあくまでプチではあるが、この主人公のホールデンくんの足跡をたどってもみたので、より一層、物語の本質の部分にタッチできた気もしている。それにしても、初めて読んでから40年以上たっている本を、いまだに何度も読み返しているのも、見る人が見れば相当に変わっているのかもしれないね。いや、変な話なんだけど、僕にとっては『VIVANT』や『Tカワ』よりも、『キャッチャー』の方がリアリティがあるのだ。


今、僕は行きつけの、エスコン近くのカフェでこれを書いています。まだ16時台だというのに、外はもう真っ暗です。シャツの上に冬物のコートを羽織らないと、15分ほどの散歩であっても寒さで震えてしまいます。野球シーズンも終わり、Fビレッジも随分と静かになってます。さあ、冬が来るぞ。

AIはよく切れる包丁
成瀬英樹
成瀬英樹
10月25日 11:15

SNSなどを見ていると、音楽関係のことで定期的に議論が沸き起こるテーマがいくつかある、という話を数日前にしました。楽曲コンペであったり、JASRACであったり、音楽理論は作曲に必要なのか、という話であったり。そこにもう1つ加わったのが、AIの問題ですね。

 

僕の友人のAkira Sunsetが、この問題についてXにポストしたり、YouTubeに動画を出したりしています。その内容に関しては、本当にAkiraの言うとおりだと思います。起きてしまったことは大変なことですし、僕たちBINGOにとっても、もちろん他人事ではありません。

 

僕自身は一貫して、AIは「よく切れる包丁」だと思っています。

 

その包丁を使って、新しく素敵な料理を作り、人の役に立てたい。そういう志を持っている人がほとんどだと思うんです。でも、その一方で「わあ、よく切れる!わあい!」と包丁を振り回して、周りに迷惑をかける輩も出てくる。

 

だから、何より大事なのは「包丁は振り回してはいけませんよね?」というルールを作ることです。実際の包丁だって、同じですもんね。美味しい料理には欠かせない道具でありながら、凶器にもなり得る。

 

AIのない時代に、もう戻ることはできないですよね。僕は産業革命級のイノベーションだと思っています。上手に使えば、受け手側もクリエイターの側も、大きな「利」を得られるものだと思うんです。

 

そんな中、そもそも、AIに音楽を全部作らせる必要なんてないんですよ。音楽作りを「手伝って」もらえばいい。人間がしっかり作って、そのためにAIを使う。そういう使い方を覚えていくことが必要なんです。

 

でも、まだまだ包丁を振り回してしまう人がいる。AIに全部作らせておいて、嘘をついて、自分で作った作品ですと言ってしまう人もいるわけです。でも、「それはあなたが作ったものではないよね?」ということ。

 

あくまでも道具なんです。ギターやピアノと同じように、自分が何かを作るために使うものなんですよね。作るのは人間です。僕たちのハート、「心」が作る。そして、それがお客さまの「心」を震わせるんです。

 

AIを使えば、誰でもそれっぽい楽曲を作れるようになりました。だからこそ、誰が、何を作っているのかが曖昧になってしまう。でも、そうなったら、最後は作り手としての職人の矜持が問われる世界になってくるんじゃないかと思うんですよ。

 

要するに、作品って、作った自分が一番楽しいんです。

 

まず、自分を癒したり、自分を感動させたりするために作るじゃないですか。どんな作品でも、そこがあると思うんですよね。

 

プロ野球選手がホームランを打つのは、自分が打つから気持ちいいんですよ。それを見て喜んでくれる人がいるから、プロになり得るわけでしょう。どんな世界でもそうだと思います。音楽もそうですよ。

 

まず、自分が作って、感動して、楽しい。その一番大事なところをAIに全部任せてしまったら、自分で放棄することになるんです。

 

そんなバカな話はないなって、1人の作り手として思います。

 

結局、作るのは自分なんです。ゼロから1にするのは自分である。僕は今後、そこが著作者であるかどうかを分ける、唯一の線引きになっていくんじゃないかと思っています。

 

Akira Sunsetの動画を見て、そんなことを思いました。

 

別に僕は議論に参加したいわけではないし、誰かと議論するつもりもありません。

 

その時間があるなら、自分の曲を作ります。