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みなさん、おはようございます。
侍ジャパンの試合、僕も皆さんと同じように朝から熱狂して見ていました。厳しい試合でしたね。今まで見てきた野球の試合の中でも、いちばんストレスがたまる試合だったかもしれません。しかも、打たれてほしくないと思っていた投手が打たれて負けた。本当に、心がえぐられるような気持ちです。
もちろん、いちばん悔しいのは打たれた本人でしょう。彼にとってこの敗戦は、とても大きな挫折。しかしこれから先の彼の「成功物語」の中で、きっと大きな力になる。そして、これは打たれた投手だけの負けではないし、ミスした選手だけの負けでもありません。やはりチーム全体として、ベネズエラに及ばなかったということなんじゃないでしょうか。非常に人間味のある試合でしたね。そして人間というのは、やっぱり不完全で、だからこそ面白いのだと思います。
そんなわけで、日本代表は負けましたけれども、WBCそのものは、むしろ少し面白くなったとも言えるのかもしれません。ベネズエラが日本に勝った。これは大金星と言っていいでしょう。準決勝はベネズエラとイタリア、そしてアメリカとドミニカ。多くの皆さんにとっては、ここから先はいきなり関心の外になるのかもしれません。
僕としては、少し肩の力を抜いて見られる。そう考えると、それはそれで悪くない気もしています。
今さらのそもそも論なんですけど、プロ野球の選手が、一戦必勝みたいな戦いを、自分の生命を削るようにしてやることに、僕は正直そこまで賛成ではありません。今日負けた侍ジャパンだって、たまたま今日負けただけなんですよ。これ、もし年間で10試合、あるいは50試合ベネズエラとやったら、かなりいい勝負になるはずです。むしろ5割3分くらいは勝てるんじゃないかとすら思います。たまたまなんですよね。改めて、プロの世界って一発勝負には向いていないんだなと感じます。
そんなわけで、昨日は一日、頭を空っぽにしようと思って何もしませんでした。今日もこれから少しだけ、気分を入れ替えに外を歩いてこようと思います。幸い北海道は快晴です。気温も5度とか6度とか、とても暖かい。ぽかぽかの散歩日和なので、のんびり歩いてこようと思います。
今週は勝負の週になりそうです。僕にとって、作曲もそうだし、采配もそうです。気を引き締めて、ひとつひとつしっかりやっていきます。
おはようございます。いよいよ今日からWBCはベスト8。僕はこれまで本当にいろんな野球を見てきましたが、人生でいちばん楽しみなベスト8かもしれません。高校野球でもそうだけれど、ベスト8ってやっぱり特別に面白いんですよね。8チームが残っているということは、本気の勝負が4試合も見られるということです。しかもそれを2試合ずつ、2日に分けて楽しめる。今日は韓国とドミニカ、そしてアメリカとカナダ。いやあ、たまりません。
今回のWBCはNetflixが中継したことで、いろいろな議論が起きているようです。でも、僕みたいに野球場のそばに住んでいるベースボール・クレイジーからすると、正直なところ「いったい何の話をしているんだろう」という感覚もあります。ただ、周りに「Netflixに入っていないから見られない」という人が意外と多かったのも事実です。そういう人たちは、その後Netflixに入って、今日からのベスト8を見るんだろうか。明日は日本戦ですしね。
「盛り上がる」って、いったい何なんだろうと考えるんです。少なくとも現場は、めちゃくちゃ盛り上がっています。チャイニーズタイペイと韓国の試合で、チャイニーズタイペイが韓国に勝ったあの一戦。超満員の東京ドームは狂喜乱舞、泣いて喜んでいる人もたくさんいました。選手たちも泣いていた。あの死闘は本当に胸に残っています。さらに今大会は、イタリアがアメリカを破る大金星まで起きている。まさかの波乱でイタリアが1位通過、アメリカはあと一歩で予選敗退という危ないところでした。こういうことが起きるから、野球は面白い。
地上波やNHK BSで放送するから盛り上がる、Netflixだと盛り上がらない。そういう言い方をする人もいます。でもそれって、普段からベースボールに興味のない人の言葉なんじゃないか。
「世界」で盛り上がる必要って本当にあるんでしょうか。目の前でこれだけたくさんの人が夢中になって心から楽しんでいるのに、その横でわざわざ「盛り上がってない」とつぶやく。自分は興味がないのに、盛り上がっていないことにしたがる。人間って、本当に不完全だなと思います。
誰もが同じテレビを見て、同じ放送を見て、みんなで一斉に盛り上がる。そんな時代はもうとっくに終わっています。とっくに。2026年になって、まさかまだそんな議論が起きるとは思っていなかった。まあ、それもあくまで僕の中の常識であって、僕自身がごく少数派なのだということは重々わかっています。でも、少数派にだって意見はあるし、少数派だって一生懸命生きているんです。頭で考えて、自分なりに研究して、未来がどうなるかを考えている。ぼーっと生きてるわけじゃないんです。
そんなことを考えながら、昨日はいくつか仕事の電話があり、いくつかメールも届いて、あらためて「あれ、俺、今めっちゃ忙しくなってるな」と感じました。そこでどうしたかというと、一度気持ちを落ち着けるために本を読んで、コーヒーを飲んで、お風呂に入って、ゆっくり考えたんです。これって当たり前のことじゃないんだぞ、成瀬、と。
57歳。今の僕は57歳です。この年になってもこうして仕事をお願いしていただける。僕に期待して、僕に頼んでくださる。それは本当にありがたいことです。だったら絶対に結果を出してやろうと思うし、喜んでもらいたいと思う。それが僕の原動力です。
このBINGOソングライティングクラブにいるメンバー、そしてゼミ生のみんなも、次の僕の曲に期待してくれているのが伝わってきます。僕はそれを絶対に裏切りません。
僕自身を「音楽家のプロフェッショナルです」なんて偉そうなことは、とても言えません。なぜなら、「本当にすごい人」を僕はたくさん知っているし、身近にも尊敬する人がいる。「自分なんて、単なる詐欺師みたいなもんだよ」って思う。それでもやっぱり、人に喜んでもらえる詐欺師になろうと、ベストを尽くしているつもりです。ベストを尽くすことだけは、自分でコントロールできることだから。
「ポピュラー音楽とは泥棒の歴史である。」――エルヴィス・コステロ
コステロ流の皮肉ではあるんだけれど、同時にすごく本質を突いているとも思う。誰かの何かに心を奪われて、それを自分の中で咀嚼して、また別のかたちで差し出していく。ポップスって、そうやって受け継がれてきたんだと思います。
最近読んだ、大滝詠一さんのインタビューを萩原健太さんがまとめた『HAPPY ENDING』が本当に面白かった。
これはぜひ読んでほしい一冊です。大滝さんが生きている間には見せなかったような弱さや、カッコ悪さまでもが見事にさらけ出されていて、読んでいて震えました。すごい人のすごさって、完成された姿だけじゃなくて、その奥にある迷いや傷まで含めて伝わってくるものなんだな。
しかしながら、ここに描かれる「大滝詠一という人間」は全然「すごい人」なんかじゃなくて、読んでいてもうしょうがないなーって何度もツッコミを入れちゃうようなどうしようもない人間としても描かれていて。いやいや、それはいくらなんでもやりすぎじゃ……ってね。どうせやりすぎるなら、徹底的にやりすぎろ!ってことなのかな。
僕と大滝詠一さんの出会いは、中学1年生のときに『A LONG VACATION』を聴いたことでした。横浜の地味な中学1年生がカセットで愛聴していても全然おかしくないくらい、あのアルバムは本当に流行っていたんです。レンタルレコード屋で借りてカセットに録音して。ソニーの緑色のカセットテープだったことを、今でもよく覚えていますよ。もう本当に何度も何度も聴きました。お小遣いを貯めてレコードを買った時の喜びは、忘れられないですね。
「君は天然色」も「恋するカレン」ももちろん最高に好きです。でも、僕がいちばん好きだったのは、当時からずっと「我が心のピンボール」でした。もしかしたら、あの曲を好きになったことが、自分がミュージシャンになった原点だったのかもしれない。うまく説明はできないけれど、そんな気がするんです。音楽って、理屈より先に人生を決めてしまうことがある。僕にとっての大滝詠一さんは、まさにそういう存在なのだと思います。
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萩原健太さんの新著、読み進めています☺️
成瀬さんがおっしゃるように、大滝さんの当時の様子がこの場に蘇るような臨場感があり、夢中になって読んでいます!
「大滝さんの歩みにはいつだって自身の原点への眼差しが横たわっている」という言葉がとても響きました♪
みなさん、おはようございます。昨日はほぼ一日、読書をして過ごしました。大瀧詠一さんが話した内容を萩原健太さんがまとめた『HAPPY ENDING』という、とても読みごたえのある本をずっと読んでいました。発売されたばかりの本なのですが、ページをめくる手が止まらないような一冊で、じっくり味わいながら読んでいました。
そんな中でも、一昨日の晩から作り始めていた新しいコンペ曲の仕上げをやったり、いくつか届いていた嬉しい知らせのメールにお返事をしたりと、静かではあるけれど、なかなか充実した一日でもありました。
WBCもだいぶ盛り上がってきましたね。カナダが初めて第一次ラウンドを突破したり、ドミニカとベネズエラが順当に勝ち上がってきたりしていて、見どころがどんどん増えてきました。日本はベネズエラとの対戦になりますし、アメリカも大チョンボで、もう少しで一次ラウンド敗退か、というような場面もあって、なんとも目が離せません。明日以降は決勝戦まで、しばらく野球漬けの日々になりそうです。
このところ、ゼミ生のみなさんにも「そろそろ本当に取りに行こうぜ」という感じで、アクセルを踏み込む号令をかけました。みんな本当に一生懸命やってくれていて、ここまで来ると、もうこのメンバーで固まった、そう言えるところまで来た気がしています。
新しくゼミ生を募集しているわけでもないですし、作家さんをどんどん募っているわけでもないのですが、そんな中でも「BINGOに入りたい」と、わざわざご連絡をくださるベテラン作家の方もいて、新たに仲間に加わっていただきました。本当にありがたいことだなと思っています。
大量生産ができる体制ではありませんが、そのぶん、一曲一曲を丁寧に作っていくことを大事にしながら、これからもBINGOをやっていきたいと思っています。地に足をつけて、焦らず、でも着実に。春にかけては嬉しいお知らせもいろいろできそうですので、どうぞ楽しみにしていてくださいね。
お疲れ様です! ここ数日、まとまった文章を書く時間がなかなか取れなくてごめんなさい。 実はこの二日間、ゼミ生限定の「社内コンペ」でみんな熱く競い合っていたんです!
本当に力のある素晴らしい作品がたくさん集まりました。 ゼミ生以外のメンバーや、マイソングプランのみんなにも絶対に聴いてほしいです!
ちょっと長くなりますが、今回の配信で全曲かけていますので、ぜひチェックしてみてください!!
2026年3月9日の朝、SNSを開いたら、BINGOメンバーのかねまん君がメッセージを送ってくれていた。今日で『君はメロディー』の発売からちょうど10年になる、と。正直、すっかり忘れていた。だが、こうして節目節目に曲のことを思い出させてくれる人がいるのは、本当に嬉しいことだと思う。節目というのは、やはり大切にしたい。
『君はメロディー』は、私にとって人生の一曲と言っていい。書いたのは2015年のゴールデンウィークのことだ。あの頃の記憶は、今も鮮明に残っている。
茅ヶ崎へ
その春、私は川崎の武蔵小杉から湘南へ引っ越した。同じ神奈川県内の移動と言えばそれまでだが、東京から電車や車で一時間以上かかる茅ヶ崎は、文化も空気も全く異なる街だ。私にとってはちょっとした移住だった。
川崎での暮らしは悪くなかった。部屋も気に入っていたし、思い出もある。ただあの頃、あることに気づいてしまっていた。自分の楽曲は、日常の中で歩いたり、景色を眺めたりする時間の中から生まれている——そのことを、川崎時代に改めて意識したのだ。散歩道もなく、海もない環境では、広がりのある気持ちで曲を書くことができない。そう感じていた。
だから住む場所は決まっていた。藤沢から鎌倉、茅ヶ崎あたり——関東で一番住んでみたい場所は、ずっと湘南地区だった。そこで部屋を探して回っていた、ある冬の日のことだ。
トンビの洗礼
海辺のパン屋の前を通りかかったとき、美味しそうなタマゴサンドが目に入った。せっかくだからと買って、茅ヶ崎の浜辺に腰を下ろし、海を眺めながら食べていた。そこへ突然、一瞬のことだった。トンビが急降下してきて、タマゴサンドをさらっていった。顔に小さな傷を負い、近くの駅に駆け込んで駅員さんにバンドエイドを借りた。「あなたもやられたんですね。みんな最初は油断してしまうんですよ」と、駅員さんはまるで慣れた様子で言った。
痛かったし怖かった。顔から血が出ていた。それでも、妙な確信があった。「ぼんやり生きていたら全部持っていかれるぞ」と、トンビに言われた気がした。まだ少し迷っていた引っ越しを、その日に決めた。
結果、この茅ヶ崎への移住は、私にとって本当にいいものになった。
海に祈りながら
茅ヶ崎に移り住んでから書いた最初の曲が、乃木坂46の『全部夢のまま』だった。そのひと月後に書いたのが『君はメロディー』だ。
当時の私には、切迫した理由があった。前田敦子さんへの楽曲提供で得た収入の貯蓄は、そろそろ底をつきかけていた。2015年中にヒット曲が出なければ就職するしかない——本気でそう思っていた。だから毎朝、海辺をジョギングしながら江島神社に向かって手を合わせた。「ヒット曲が書きたい。よろしくお願いします。」そう祈って、部屋に戻り、曲を書いた。
しかし2015年中には採用の知らせは届かなかった。私は就職を決めた。そして——その翌月、事務所から連絡が来た。「表題に決まったよ」と。
AKB48のポスターに囲まれながら
すぐに辞めるわけにもいかず、約一年間は働き続けた。勤め先は大手の通信会社だった。そしてそこのキャンペーンタレントが、AKB48だった。
『君はメロディー』がヒットチャートを駆け上がっていたあの頃、私はAKB48のポスターに四方を囲まれながら、毎日その職場で黙々と働いていた。なんとも妙な話だが、職場の人たちはみな良い人たちで、その一年は決して無駄ではなかった。今となっては笑える、大切な記憶だ。
センター街の話
この曲のデモを書いていた頃、仮歌詞の舞台は新宿だった。私は仮歌詞に地名を入れるのが好きで、地名というのは不思議な力を持っている。その土地を知っている人には具体的な光景を呼び起こし、知らない人には「どんな場所だろう」という想像の余地を与えてくれる。
ところが秋元康さんの本歌詞では、舞台が渋谷のセンター街になっていた。これを見たとき、私は思わず唸った。私は神戸で育った。センター街は全国各地にある。渋谷のセンター街を思い浮かべる人もいれば、地元の商店街を思い浮かべる人もいる。この曲を私が歌えば神戸の歌になり、別の誰かが歌えばその街の歌になる——秋元さんはそういう仕掛けを、さりげなく曲の中に忍ばせていたのだ。改めて、この歌詞の深さに感じ入った。
回り道の先に
あの頃の私には、本当に何もわからなかった。楽曲の作り方も、コンペへの提出の仕方も、仮歌詞が必要かどうかも。事務所とのマネジメント料の交渉の仕方さえも。誰も教えてくれる人がいなかった。ただがむしゃらに、全てを投げ打ってヒット曲を書くことだけを考えていた。
今、私は成瀬ゼミという場で、作曲を志す後輩たちと向き合っている。私が経験した遠回りを、彼らには繰り返してほしくない。そう思って始めた場だ。あの頃の私に似た人たちが少しずつ集まってきている。そういう人たちが一生懸命、人生を切り拓いていける場所にしていきたいと思っている。
10年後の朝に
10年が経ち、『君はメロディー』はAKB48の曲として話題に上がるたびに、今も一緒に愛され続けている。アイドル文化の中で、これほど楽曲を大切にしてもらえるものかと、改めて感じ入っている。昨年はAKB48の20周年があり、今年は私自身の作曲家20年という節目でもある。時間が経つのは本当に早い。
この曲を愛してくださった全ての方へ、心から感謝を申し上げたい。そして、この曲を通じて私という作曲家を知り、ゼミの門を叩いてくれた人たちへ。私でも書けたのだから、一生懸命やれば必ずいいことがある。それだけは、胸を張って言える。
成瀬英樹(you-me)