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雨の日も、雪の日も
成瀬英樹
成瀬英樹
2月19日 8:45

――現在お住まいの北広島は、猛烈な吹雪に見舞われているそうですね。
 

成瀬 ええ。完全にホワイトアウト状態で、外を歩くこともままならない大雪です。風で電柱がゆっさゆっさと揺れるくらいで。こちらに移り住んで3回目の2月を迎えますが、やはり雪が本気を出したときの迫力には圧倒されます。でも、室内にいるとそれほど寒さを感じない。北海道の住居の偉大さを実感しながら、昨日も昨日とて、ひたすら作曲に勤しんでいました。
 

――雪に閉ざされた室内で、白井大輔さんとの面白いコラボレーションがあったとか。
 

成瀬 そうなんです。白井くんから提案してもらった曲があったんですが、どうも「世の中が求める白井大輔」のイメージからずれている気がして。それで、彼の書いた歌詞に、僕が僕のメロディをつけてみたんです。そうしたら、あらとっても良くなって。白井くん本人にも驚いてもらえました。
 

――同じ歌詞で、まったく違う曲になる。
 

成瀬 そういうのも面白いじゃないですか。何せ今は、渾身の作品、一切の妥協のない作品を、ギリギリまで模索したい時期ですから。
 

――その並々ならぬ熱量は、X(旧Twitter)に投稿された「ローマ字日記」の日本語訳にも表れていました。
 

成瀬 2月18日の日記ですね。「今年に入って一ヶ月半、恐らく去年一年の作曲数をすでに超えたであろう。今が人生で一番、量産できていることが嬉しい」と書きました。本当に、思うように曲が書けるんです。
 

――「金の琴の音は止まず、我が胸の底より、赤き薔薇の如く溢れ出る。今はただ、五線譜の森を駆ける白き光の鹿の如きメロディよ」……という、非常にロマンチックで情熱的な言葉が綴られていました。
 

成瀬 去年の冬の、あの枯れた日々はどこへ消えたのかと思うくらいです。今、世の中全体で「作曲」という概念が変革を強いられているような気がするかもしれないけれど、本質というのは常にシンプルなものなんです。僕は長い試行錯誤の果てに、ようやく一つの「答え」のようなものの尻尾を掴まえられそうになっているのかもしれない。
 

――ついに、答えの尻尾を。
 

成瀬 それとも、ただの「たまたま」なのかもしれない。でも、どっちでもいいのさ。結局のところ、「自分」という一番めんどくさいリスナーを納得させる曲を作ることができる力を、ようやく身につけたということは確かなのかもしれません。
 

――ご自身が最大の壁であり、最高の理解者でもあるわけですね。
 

成瀬 そりゃそうだよな、と思うんです。毎日毎日、これしかやってないんだから。それこそ、雨の日も、雪の日もね。

書け
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成瀬英樹
成瀬英樹
2月18日 8:24

東村アキコさん『かくかくしかじか』は、挫けそうになった大スランプ期を救ってくれた、僕にとって大切な作品。
 

昨日、その映画版をアマプラで観たんですが……大名作でした。 あんまり泣いたせいで、うまく眠れなかったほどです。



 

若い時期に、良き師に巡り会えること。 自分の20代と重ねて、あらためて我が師匠と格闘したあの頃に想いを馳せました。
 

私の師匠も、本当に厳しく接してくれました。 年齢を重ねて思います。それは本当に愛情が必要なことなんだと。
 

師匠にも、とにかく「書け!」と言われ続けました。 僕も同じことを毎日、言い続けています。


 

いいからとにかく毎日、「書け!」 人生を捧げるって、決めたんでしょ?

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20周年と3日目、ありがとうございます!
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成瀬英樹
成瀬英樹
2月17日 8:21

おはようございます!!!

 

昨日も昨日とて、終日作曲しておりました。ふと、「あれ、オレってそろそろ作曲家デビュー20周年の記念日が来るよな」と思って資料をあたってみたら、見事に一日過ぎていました。あはは。

 

そうなんです。2006年2月15日発売のTRFのアルバム曲『as it is』のリリースが、成瀬英樹的にいわゆる「作曲家」としてのデビューでありました。それまでも自分のバンドFOUR TRIPSに向けて曲を書いていましたし、例外的に友人バンドの楽曲をソングライターとして手伝ったことはありますが、純然たる「作曲家」としてのデビューはこれ、です。

 

この頃、近くにいたバンドマン出身の音楽業界の友人に「なあ、オレ、これから『作曲家』って名乗ってもいいんだよな?」って聞いたら、彼は「ああ、いいんじゃないか」と答えました。 ああそうか、オレはこれから『作曲家』なんだ、って。そういうの、すごく覚えています。

 

しかしながら、僕にとっての真のブレイクスルーは、実はその直後、2006年3月リリースの『AAA/Shalala キボウの歌』なんです。リリース順こそ後になりましたが、この曲を先に認めていただいたからこそ、TRFの「少人数コンペ」にお誘いいただきました。その時のディレクターさんの言葉は忘れられません。「成瀬さんのグッドメロディをTRFにもいただけないですか?」って。

 

37歳、元売れないバンドマン。何の後ろ盾もなく、数年かけてようやくコンペで一曲決まりそうな、ポンコツ中のポンコツ、無名の音楽家志望の僕。そんな当時の「成瀬英樹」にこんなビッグチャンスをいただけて、どれほど嬉しかったか。言葉で伝えるのは本当に難しいです。

 

『as it is』は、僕の人生で一番プレッシャーがかかった局面での作曲でした。数年の苦難の末、ようやくAAAの楽曲がリリースになるかもしれない。そしてTRFさんのコンペのチャンスを絶対に逃したくない。ディレクターさんの恩に報いたいし、ご期待にも応えたい。

 

あまりに思い詰めて、ある日突然、左耳が聞こえなくなっていることに気づいたのです。突発性難聴でした。お医者さんは言いました。「原因はわからないのですが、ほとんどの場合ストレスです。心あたりはありますか?」

 

そのショックな病名と共に、意識が遠くなりました。「発症から一週間以内に適切な処置をすれば、7割は治ります」

 

マジか。 裏を返せば、イチローがヒットを打つ確率で、治らないのか。  


それでも、耳がおかしいから書けません、なんて言えない。毎日病院でステロイドを注入して、耳栓をして作業しました。本当に不安だった。37歳。耳鳴りは止まらない、締切は迫ってくる。

 

数日間、唸りながら捻り出した楽曲。歌詞も一所懸命に書きました。ディレクターさんから電話で「最高です! 今手元にある楽曲の中でも一二を争うくらいです!」と言っていただいた時は、もう何もかもなくしてもいい、と思うくらい嬉しかった。忘れられないですね。

 

確かにね、37歳で作曲家デビューなんて、笑っちゃうくらい遅すぎるけど、そこから20年も続けたなら、今は胸を張って「作曲家です」と言ってもいいのかな、なんて思ったりもします。こうして20年後の今も日々音楽を作れているのは、出会っていただいた皆様のおかげです。どれだけ感謝してもしきれません。

 

僕は本当に運がいい。ここまで出会いに恵まれた人間も、そうはいないんじゃないか。 だって、自分のポンコツさもダメさも才能のなさも、僕が一番知っています。それでも続けてきたのは、「これしかできない」「これしかやりたくない」という想いと、応援してくれるみなさんの支えのおかげです。本当にありがとうございます。

 

と、回顧っぽいことを言っていますが、締切は刻一刻と迫っています。後輩の曲のサビが弱かったので、今から修正配信します。こんなことをやりながら一生が終わるなら、それも悪くないよね。

 

そうなるように、20年と3日目も、一曲入魂、精進します。

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昨日の僕と今日の僕
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成瀬英樹
成瀬英樹
2月16日 8:14

おはようございます。 一難去ってなんとやら。昨日も一日中、作曲に勤しみました。 ゼロから三曲を完パケ。そのうちの一つは光さんとご一緒させていただくことに。これも嬉しいな。

 

近頃は、曲を作ることがまた心から楽しくなっています。仕事というより、むしろ作曲以外の業務(私にもそういうものがあるんですよ)から逃れるための、僕の大切な領域というか。 出来上がった三曲をずっと自分で聴いて「いい曲だよなあ」なんて思っているんだから、なかなかおめでたい人間だと自分でも思います。

 

でも結局、モノを作る人って、自分の作品に癒やされているんだと思う。作る過程の「無」の感じから、出来上がったモノの無限の可能性に、自らうっとりするんですよね。 ああ、聴いていただくのが本当に楽しみだ。

 

さて、今回のように僕をご指名でいただいた発注も、できる限りBINGOのメンバーとチャンスを共有したいと思っています。みんなに声をかけて、じゃんじゃん曲を書いてもらう。その中から選んでいただく方が、クライアントさんとしても選択肢が広がるし、弊社としてもチャンスが増える。まさにWin-Winですよね。

 

デメリットがあるとするなら、僕の出番が減る可能性があるということだけど、それはいいのいいの。僕はそう簡単に負けないし、僕の渾身の作品を「超える曲」があるなら、そちらを使っていただく方が、長い目で見ると絶対にいいと思うんだよね。

 

弊社内の作詞コンペ、結果が出ました。 今回は「作家さん」ではない、僕の昔からのファンの方の歌詞が圧倒的に良かったので採用! でも他の候補作も素晴らしかったので、そちらにはそれぞれ僕が別の曲をつけて、今回提出します。みんなの「熱意」を無駄にしないことでお馴染みの成瀬英樹ですから。

 

そんなわけで、昨日ゼミ生さん向けに配信した「作曲配信」や「洋楽の聴き方ガイド」など、内容満載の配信もぜひご覧いただきたいです。 今日も作曲配信、続けてまいります。誰も僕を止めることはできないんだぜ。

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新しい航海
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成瀬英樹
成瀬英樹
2月12日 11:48

おはようございます!

 

今日の我が町、北広島はいいお天気。朝の日光が雪に反射して、まぶしいことこの上ない。ここでは冬こそ、毎日サングラスが必要だ。もしかしたら、紫外線にも大いに気をつけないといけないのかもしれない。

 

ちなみに現在の気温はマイナス3度。そりゃ確かに寒いことは寒いのだが、そのことが歩く僕の気分を憂鬱にすることはない。ひとり、雪の道をザクザクと歩く。

 

佐野元春さんの再構築アルバム『ハヤブサジェット2』を聴いている。セルフカバーという和製英語で表現されるスタイルのもの。元のアレンジを大きく変えたり、キー設定を現在の佐野さんに最適化したり。何といっても、現在の彼のバンド「コヨーテバンド」のしなやかなサウンドとともに、元春クラシックをレコーディングし、楽曲たちにまた新しい命を注いでいる。

 

『新しい世界』という曲が入っていたから、「はて、そんな歌あったかな」と思ったら『New Age』だった……みたいな。それと似た体験を、ファンなら何度も味わえるのがいい。

 

そりゃあ、思い出の中の楽曲のままでいてほしい、っていう気持ちもあるだろう。それは大いに理解できる。しかしながら、歌を作った本人が「再構築」して後世に残したいと作った作品に対して、「昔の方がよかった」という感想だけを残して立ち去る気には、僕はなれない。

 

僕は『新しい航海』が好きである。絶望の只中にいた二十歳の頃に神戸で聴いたオリジナルバージョンも、ずいぶんと長い月日のあとに五十七歳になって北海道で聴くそれも。

 

今日の配信は、B1提出曲をすべて考察&批評する特別篇。あまりにも濃かったこの一週間をみんなと振り返りたいと思う。15時くらいからと考えている。もし気力が続いたら、そのまま新曲を書きたいが、それはオプション。今日はまず、みんなの努力を心から労いたい。

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