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新庄さんはバリー・ボンズの横を守っていたのよ〜僕のファイターズ大航海日誌 #30
成瀬英樹
成瀬英樹
5月17日 12:42

野球ってのは勝ったり負けたりなわけ。どんなに強いチームでも10回戦えば4回くらいは負けるんだよ。だからこそ、どうやって負けたかってすごく大事でさ。


あたしに言わせれば昨日の試合は、8回にセットアッパー(リレーでいうとアンカーの前の選手ね)の河野(コウノじゃなくてカワノって読むのよ、ちなみに数年前のドラフト1位の好漢)が出てくる展開を作れただけでオッケーなわけ。そこから先は単なる結果に過ぎない。プロセスの方が肝心なの。


だから河野がいきなり二人連続でフォアボールを出して降板したあと、後続のピッチャーたちが大炎上して逆転されたとしても、あたしにとっちゃ大した問題じゃないのよ。人生にはそういうことだってあるんだよ。


4月の苦しい時期に救援陣を支えてくれたのは河野だし、あの里崎だって「4月のファイターズのMVPは河野」って言ってたじゃない? 誰だって調子が出ない時はあるわよね。野球ってホント、難しいスポーツなんだからね。


あたしはSNSとかなるべく見ないようにしてんだけど、今はひどいみたいね。ちょっとうまくいかなかったり、采配が当たらないだけで、「やめろ」だのなんだの、一斉に書かれるんだってね。誹謗中傷っていうの? おかしな話だよね。


投手起用や作戦には、プロ中のプロたちが考え抜いた「意図」があるのよ。あのベンチにいる腕を組んでるおじさんたちはさ、ちっちゃい頃から野球のエリートで、選手としてもプロで大活躍してきてて、その上で球団の一流企業のお偉い方たちに認められるような社会性だってあるんだよ。 だからこそ監督やコーチなんてやってるわけ。


だからさ、酔っ払いのあんたたちは、打った打たれたの感情でギャーギャー言ってんじゃなくて、ベンチの「意図」を考えて野球って見なきゃダメよ。その上で「意図」を感じないなら、そんときゃ批判でもなんでもしなさいよね。


新庄さんはね、「今日勝つ」ことも大切だけど、「秋に勝つ」ことを最重要ポイントに置いて選手を使ってるんだよ。ちょっとあんた、あたしの話聞いてんの? ずっと呑んで顔真っ赤になってるけどさ。


ねえ、メジャーのワールドシリーズで日本人として初めてヒットを打ったのが新庄さんだって知ってる? 2002年、サンフランシスコ・ジャイアンツで新庄さんはバリー・ボンズの横を守っていたのよ。超一流の野球選手だったわけ。新庄さん、存在がすっごい派手だからさ、ちょっと舐められてるとこあるって思うのよね。


いい? つまりね、あの時代のバリー・ボンズと同じフィールドを守っていたってことは、70年代にスティーヴィー・ワンダーとバンドを組んでいた、もしくは50年代にマイルス・デイヴィスのクインテットにいたことと同じくらいすごいことなんだよ。


え、言ってることわけわかんないって? 何がよ?


でも、アメリカじゃアレでしょ、ピッチクロックとか言って、ピッチャーが投げるまでの時間を制限してるらしいじゃない。牽制球も3球までって決められてるんだってね(え、あんた知らなかったの?)もちろん、試合時間短縮のためなんだって。「ピッチクロックのおかげで試合時間が平均で何分縮められましたうんぬんかんぬん」って、一体どこのアホが何言ってんのよってなるわよね。


あたしはね、ピッチャーがじっくり間を取って投げる権利を彼らから奪わないでほしいし、そもそものそもよ、試合時間が短い方がいいって一体誰が決めたわけ? まったく、今は何でもかんでもショートでしょ、タイパで時短、どうかしてるわよ。あたし、長い試合好きよ。あたしが偉い人になったら、ベースボールのルールを変更して18イニング制にするんだけどなあ。ホント、野球っていつまでだって見てられるんだから。


で、あんたなんであたしのこと「満里奈似」なんて呼ぶわけ? あたしのこと狙ってんの? キモいんだけど。


ま、いっか、今日はあたしの大好きな郡司の大活躍で勝ったわけだし。気分いいじゃない。まだ夕方だから、もう一杯呑んで行こうよ。反省会、いや今日は祝賀会、だね!

ベース・オン・ボールズばかりじゃ勝てない〜僕のファイターズ大航海日誌 #29
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成瀬英樹
成瀬英樹
5月16日 12:18

「オリックスが3点先制したんですけどね」
「万波や石井が調子いいから、いつの間にか追いついちゃってたわよね」
「そうなんです、相手は名実ともにエースの宮城ですからね、いい感じで攻略できました」
「やっぱりレイエスが元気だと点が入るわね」
「ですよね! あ、昨日の2ランスクイズ、見てました?」
「昨日はね、甥っ子たちが家に来てたから、DAZNの追いかけ配信で見たわよ。すごかったわ、新庄さんやるわね」
「僕は一塁側の立ち見席で見てたんですが、あんなにスピード感あふれるプレイもないですよね。ドカンとホームランも面白いですが、ああいうスモールボールの醍醐味もありますよね」
「あら、『スモールボール』って何? 『スモールベースボール』って言い方なら知ってるけど」
「あ、すみません、僕どうしてもメジャーをずっと見ていたもので。『スモールベースボール』って言葉、英語だと『スモールボール』なんですよ。野球英語って、なぜだか日本に入ってくると独自の呼び方になっちゃいますよね」
「そういうの、他にもあるの?」
「ありますよ。『デッドボール』や『フォアボール』も和製英語です。それぞれ、『ヒット・バイ・ピッチ』、『ベース・オン・ボールズ』って呼びます」
「そういえば、『エンタイトル・ツーベース』とも言わないって聞いたことがあるわ」
「そうなんです。『グラウンドルール・ダブル』って言いますね。昔の日本の野球関係者が、みんなで日本なりの名称を考えたんですかね。面白いですよね」
「そういえば、アメリカだと応援団とかもないのよね。今年ドジャースの開幕戦を観たけど、静かでびっくりしちゃったわ」
「確かに応援団はいないんですが、アメリカの観客も、みんなで一斉に掛け声かけるの好きですよ。『ビート・LA!』とか『ボストン・ソックス!』とか、相手をあからさまに煽るチャントをかけたりします」
「そういえば、去年とか大谷くんが打席に入るたびに『MVP!』って声そろえて言ってたわね」
「ですよね。いや、それにしても北海道のお客さんのマナーの良さには、僕は本当に驚いていますし、感動すらしてます」
「あら、他は違うの? 私は北海道でしか野球見たことないから…」
「違いますね。特に僕は甲子園の近くで育ったので、最初に見たものがアレだったから」
「阪神ファンは凄そうね」
「確かにそうなんですが、甲子園の阪神ファンのヤジはなかなか粋で、僕は好きでしたけどね。エスコンのお客さんが、選手の誰かをヤジったりしたのを、僕は聞いたことがありません。むしろ、エラーしたりミスをした選手や、スリーボールになったピッチャーを拍手で励ましたりする。相手チームが牽制をするだけでブーイングをするようなこともしないですよね」
「そうそう、あの牽制の時にブーイングされるの嫌よねえ」
「だからエスコンのお客さんは、あのブーイングに、暖かい拍手で返すことを思いついた。『牽制したっていいのよ、私たちは応援しているよ』ってね」
「メジャーじゃ牽制のたびにブーイングするの?」
「試合の流れを壊すような牽制をした際には、個人それぞれの意思でブーイングしますが、応援団が一斉にするようなことはないですね。牽制したからブーイングする、みたいなシステム的なものって、見ていて気持ちよくはないですよね」
「わあ、レイエス、2ランよ!」
「これで2点勝ち越し、で8回は河野、9回は正義と。いい形ですね」
「そんなこと言ってる間に、河野が2連続フォアボールじゃない」
「ピッチャー、福谷に替わりました。昨日からの連投ですね」
「福谷も中日からFAで来てくれて、頑張ってるわよね」
「また連続フォアボールだわ。英語ではなんて言うんだっけ?」
「ベース・オン・ボールズ、ですね。1イニングで4つ出してたら、勝てませんよ。押し出しで1点差になっちゃった」
「2アウト満塁、でピッチャーは齋藤友貴哉なのね」
「苦しいとこですね、伸るか反るかの大ばくち。齋藤のおもしろいところですが」
「去年もノーアウト満塁の絶体絶命のピンチを抑えたものね」
「あ!」「あああ」



「逆転満塁ホームラン打たれるなんてね」
「いやあ、派手な逆転ですねえ。まさに齋藤友貴哉らしい展開ですね」
「中継ぎが崩れると一気に流れを持っていかれるわね」
「ベース・オン・ボールズばかりだと、こうなります。今日は負けるべくして負けましたよね」
「こんな日もあるわよね、それでも楽しい試合だったわ。ウチ帰ってレイエスのホームランもう一度見るわ」

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走れ! イソバタ!〜僕のファイターズ大航海日誌 #28
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成瀬英樹
成瀬英樹
5月14日 21:15

平日の昼間にプロ野球が見られるなんて極楽だよな。ナイターは翌朝しんどい歳になっちまったからな。仕事の方は今日から3日間、親方に言って休みをもらった。「おうおう、首位攻防戦だってのに、仕事なんてしてる場合じゃないよな」って、親方も気持ちよく休みをくれたよ。まあ、オレなんてアテにされてないってことなんだろうけど。
 

平日の午後プレイボールにもかかわらず、エスコンは大盛況だ。道内の小中高生が課外授業で来てんのもあるし、シルバー世代にも優しい時間設定だからな。先輩たちはほら、夜も早かろうてよ。しかしまあ、ほんとにファイターズって球団は、いろいろうまいこと考えるもんだといつも感心させられるよ。
 

伊藤大海の登板日には、外野席を取るといいよ、と「満里奈似」が言ってたのを思い出したから、オレは今日、ライトスタンドの10列目、通路側の席を取った。満里奈似は「ちょっと早めに来るといいことあるわよ」とも言ってたから、少し余裕をもって席に着いたんだ。オレはいつもなら試合開始ギリギリに滑り込むタイプなんだけど。
 

試合開始の20分ほど前に、伊藤大海はオレが座るライト外野席の目の前でキャッチボールを始めた。キャッチャー役のコーチがライトポール際に立ち、伊藤大海は最初、ライトの守備位置あたりから投げてたんだけど、徐々にレフトポール方向へ距離を伸ばしていった。一球投げるたびに何メートルかレフト方向に歩いてく。途中からグローブを持った第三の男が現れて、キャッチャーからの返球を中継するようになる。コーチの肩じゃ届かないくらい、伊藤大海は遠くに行っちゃってたんだ。
 

遥かレフトポール近くから投げられた伊藤大海のボールは、弾丸みたいに一直線にこっちにいるキャッチャーに届く。「ズドン」ってね。ボールは中継役を通じてレフトにいる伊藤大海に戻され、また「ズドン」がこっちに来るんだ。それが何度か繰り返される。
 

キャッチャー、第三の男、大海、ズドン。キャッチャー、第三の男、大海、ズドン、ってな具合にな。ズドンが決まるたびにスタンドから拍手が起こる。エスコンの観客はマジで野球をよく知ってるんだ。
 

満里奈似が言ってた「いいこと」ってのはこの「遠投ショー」のことだったか。こいつは確かにすげえや。いや、あんな遠くからだって「ズドン」なわけだから、近くからこんな球投げられたバッターは、そう簡単に打てないはずだよな。
 

で、今日のオリックス先発の久里って投手は、いつも鬼のような顔してややこしい球を投げやがる。ファイターズは今年完全にカモにされてたんだけどさ、3回に石井と五十幡のコンビで1点もぎ取ったんだよ。
 

伊藤大海の方はもう完全にファイアーよ。5回終わって三振が6つズドンの無失点。ビールを何杯かひっかけたオレは気が大きくなって、いつものエスコン内の飲み屋街「七つ星横丁」で日本酒キメようとコンコースを歩き出したところで、満里奈似からLINEが入った。今日は一塁側の内野席のハイカウンターで立ち見してるから、一緒に観ないかとの誘いだった。「ここからだと大海の球筋がよく見えるの」とのことだ。そりゃ断るわけないさ。
 

「おう、満里奈似」
「何よ、それ」
「平日のデーゲームだってのに、仕事はいいのかい?」
「そんなのなんとでもなるのよ」
 

彼女とは先週ここで知り合ったばかりだ。万波が「満塁ホームラン返し」をした日にエスコン内の寿司屋のカウンターで酔っている時に意気投合してLINEを交換した。お互い名前すら知らない。歳はいくつくらいだろうな、オレよりはずいぶん年下だろうが、ユニフォームを着ている女ってのは、数割増しで若く見えるからな。少し横顔が渡辺満里奈に似ていなくもない。だから心の中で「満里奈似」と呼んでたんだが、うっかり声に出しちまった。彼女、今日は「ISOBATA 50」を着ている。
 

「五十幡がキーになると思うの」と満里奈似は言う。五十幡の「足」はファイターズには欠かせないんだから。「中学時代にサニブラウンに勝った」ってのは伊達じゃないのよ。盗塁だけじゃなく、そのエグい守備範囲を見ても、新庄監督じゃなくてもスタメンで使いたいって思うわよね、などとまくし立てる。
 

伊藤大海はピンチを迎えるたびに、三振で回を締め括るエースのピッチング。この日は2度、三振を取った際に大きく吠えた。「ウォー」という声が2階席まで聞こえてくる。「大海が吠えるときは速球を投げるんだけど、久里はウォーって吠えながら緩い球投げるのよね」と満里奈似。
 

1-0の僅差を保ったまま7回裏ファイターズの攻撃中に事件は起こった。清宮、万波、石井の3連続安打でワンアウト満塁。8番伏見が貴重な追加点のタイムリーで1点追加の2-0。打席は五十幡だ。

「スクイズあるわよ」
「満塁だぜ?」
「満塁だから、よ。こういうのは『ない』と思ったところでやるものよ」
 

そんなものかなと思った瞬間、3塁ランナーの万波がホームにスタートを切った。
「来たわよ!」
 

五十幡のバントは強すぎた。久里はマウンドを駆け降りうまくグラブに収め、そのままホームにグラブトスをしようとしたがボールが出てこない。万波がホームイン。久里は急いで1塁にボールを投げる。満里奈似が叫ぶ。
 

走れ! イソバタ!
 

風のように1塁を駆け抜けた五十幡。奇襲成功にエスコンフィールドの観客が快哉を叫んでる間に、猛スピードで2塁ランナーの水野もホームに滑り込んでいた。2ランスクイズ成功だ! オレも50年くらい野球を見てるが、こんなに鮮やかな攻撃を見たのは生まれてはじめてだった。



久里の顔は完全にノックアウトされたボクサーのようだった。ただ唖然と立ち尽くしていたが、オレだってそうだ。目の前で起きたあっという間の出来事に興奮しすぎて、オレはその場にへたりこんでしまっていた。うしろで見ていたビールの売り子に生ビールを二つ注文して、オレと満里奈似はベースボールの神様に乾杯したんだよ。

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古林、マダックス達成!〜僕のファイターズ大航海日誌 #27
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成瀬英樹
成瀬英樹
5月13日 9:49

「こんにちは!」

「あら、こんにちは! どこにいたの?」

「いや、グーリンの球筋見たくて、ネット裏あたりをうろうろしてました」

「そうなのね、吉田のホームランは…」

「はい、しっかり見ましたよ! 豪快でしたね」

「先頭打者ホームラン、しかも初球ってね」

「吉田、見事に新庄さんの起用にこたえましたね!」


 


「それにしても、昨日の万波はすごかったわね! 6打点って」

「満塁ホームラン返しからの『ルーズヴェルト・ゲーム』、やばかったですね!」

「そうそう、『ルーズヴェルト・ゲーム』ってよく聞くけど…何なの?」

「『8-7』のスコアの試合をそう呼ぶんですって。かつての大統領フランクリン・ルーズヴェルトさんが、『野球は8-7の試合こそ一番面白い』と言ったとか何とか」

「あ、万波、ナイスヒット!」

「調子上がってきましたね、万波」

「さあ絶好調の石井よ。一昨日あなたにもらった石井のカード、孫にあげたら喜んでたわ」

「それはよかったです。にしても、石井がこんなに爆発するとは思わなかったですよね」

「昨日も3安打…あ、打ったわよ、おっきいわ」

「おおおおおおお、こっち来る!!!」

「わああ、すっごい、頭こえて行ったわよ!!!」

「2階席まで飛びましたね!!! すげえな石井」

「彼にはこれがあるのよね」

「長打力ありますからね。しばらくセカンドは石井で固定されるかもですね」


 


「それにしても、今日もグーリンは安定してるわね」

「いやあ、近くで見ると、まさに『火球』って感じでしたよ。球速表示よりズシンと感じます」

「カーブもいいのよね。ハムはいいピッチャー獲ったわね。もうあっという間に5回よ」

「あ、言っちゃダメですよ」

「言っちゃダメってアナタ言っちゃってるじゃない。『まだパーフェクト』でしょ」

「あああ、言っちゃった」

「そんなことで打たれるようならダメよアナタ…あ、ヒット」

「こういうのあるあるですよね。言ったとたんに打たれるんです」

「あたしはむしろ、パーフェクトとかがかかってるとドキドキして見てられなくなるから、一本くらい打たれた方が安心なのよね」

「そういえば、いつも最終回の大事なとこでいなくなりますよね。どこ行ってるんですか?」

「コンコースをうろうろしてるのよ。昨日も田中正義が最後ハラハラさせるから、見てらんなくて」

「一番おもしろいところなのに!」

「わーっていう歓声で、だいたいどうなったかわかるから、いいのよ」

「あはは。じゃあ今日は安心して見てられますね」

「ね。グーリン、すごいわね。完封するんじゃない?」

「いや、完封どころか…」

「言っちゃダメよ、マダックスでしょ」

「言っちゃってるじゃないですか」

「でも、いつ頃からマダックスなんて言いはじめたのか、最近よね」

「ですね。そもそもマダックスってピッチャーが、そんな往年の人ではないですから」

「最近のピッチャーなの?」

「90年代ですね。野茂さんがデビューした頃のライバルですから、最近といえば最近ですかね」

「それだって、もう30年前の話になるのよね。時がたつのって早いわ」

「さあ、最終回。今89球だから…ギリギリだけど、いけますよ、マダックス」

「マダックスって99球まで? 100球ならマダックスじゃないの?」

「えーと、たしか100球未満だったと思います。だから99球までじゃないかなって」

「じゃあギリギリじゃない? あ、ショートゴロ」

「91球かあ、あとアウトふたつ」

「みんな、一球ごとにスコアボードの投球数を確認してるの、楽しいですね」

「グーリン狙ってるかな?」

「4点差ありますし、どんどんストライク取っていけるから狙って欲しいですね」

「村林、ちょっとイヤなバッターよね」

「昨日満塁ホームラン打たれてますからね」

「あ、空振り三振!」

「ツーアウトね! 96球ということは、あと3球ね」

「グーリン、この回全部ストライク投げてます、すごいな」

「待ったところでどんどんストライク投げられるから…」

「打っていくしかないんですよね。あ、ショートゴロ!!!」

「やったああああ、マダックス達成よ!!」

「いや、ほんとに、とんでもないピッチャーですよ!!!」

「3連戦3連勝ね。楽天もいいチームだけど、勝ててよかったわ」

「ほんとですね。4月はエスコンでまったく勝てなくて苦しかったですからねえ」

「今日オリックスが負けたら、単独首位ね! さ、帰るわね、孫たちと晩御飯なの」
「あ、今日は母の日でもありますものね。楽しんでくださいね、また次回お会いしましょう」

「次はオリックス戦ね、楽しみだわ」



 

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「打って! マンチュー!」と満里奈似が叫んだ〜僕のファイターズ大航海日誌 #26
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成瀬英樹
成瀬英樹
5月12日 8:22

なんて試合だよまったく。だってそうだろ? レイエスと万波のホームランで3-0で勝ってて、ファイターズの先発は加藤だぜ。安定感がユニ着てボール投げてるようなピッチャーなんだよ、加藤っていえば。「今日はゆっくり観られますね」って前の席のおっさんが振り向いて話しかけてきた。オレもそう思ってた。「今日は楽勝だよね」って答えた。

 

そのおっさん、iPadかなんだかのタブレットにタッチペンでせっせとスコア書いてんのが見えた、汚ねえ字でさ。アナログなのか未来なのかわかんねえ、ほんと世の中いろんな人がいるよな。

 

3回が終わったあたりでオレはもう、エスコンの中の寿司屋で日本酒キメようとコンコースを歩き出した。今日もすっげえ入り、すれ違うみんなマジで楽しそうだ。派手目なおねえさんも、おっさんもおばちゃんも子どもたちもヤンママもイクメンパパも、なんなら犬だって笑ってる(そう、犬だって野球観戦するんだぜ)。エスコンは「野球も観られるでっかいテーマパーク」だ。オレにとっちゃ「野球も観られるどでかい居酒屋」って感じだけどな。酒も食いもんも充実してて最高。ピザも焼肉も海鮮もスイーツも、全部うまい。

 

で、オレは寿司屋のカウンターに座って、試合をモニターでちょいちょい見つつ呑んでた。そしたら隣に座った、ちょっとだけ渡辺満里奈に似てるといえなくもない女が赤い顔してさ、「あたしいっつもここに呑みに来てんのか野球観に来てんのかわかんないわよね」って嬉しそうに寿司屋の女将にぼやいてた。女将は「どっちもダイジに決まってるわよ。ね?」ってオレにウィンクした。

 

満里奈似の女は『MANNAMI 66』ってユニフォーム着てて、酔ってるオレはつい「さっきの万波のホームラン、エグかったね」って話しかけたんだ。そしたら「そうなの、マンチューはライトにおっきいの打ち出したら調子いいんだから!」って言ってカウンターばんばん叩き出した。「昨日だって、一番悔しいのはマンチューなんだから!」って目を潤ませてんだ。

 

だからオレも、わかるわかる、よかったよな今日は、いきなりホームラン打って。なんつっても万波中正、略してマンチューだよな! 新庄さんも思い切ったことするよな、でもあれは悔しさをマネージメントしてるわけでさ、とかなんとか適当なこと言って、試合そっちのけでガンガン呑んでた。そしたら、ウワッーーー! と場内の数万人が悲鳴あげた。いやマジで、あんな壮絶な群衆の声は初めてだった。顔を上げたら楽天の村林が涼しい顔でホームインしてる映像が映ってた。

 

オレたちがしこたま呑んでる間に、加藤が逆転満塁ホームラン打たれてこの回6点。安定感がユニ着て投げてる加藤が炎上だよ。一気に酔いが覚めた。さっきまで3点勝ってたのに、今じゃ3点負けてる。野球はわかんねえよな。

 

「大丈夫、マンチューが“満塁ホームラン返し”してくれるから!」って叫んだ満里奈似は寿司セットとレモンサワーを追加。「そうだ、万波はそういう男だ」ってオレも冷酒のおかわり頼んだ。「乱打戦上等」と満里奈似。「It ain’t over till it’s over」とオレ。

 

6回、楽天の松井から先頭のレイエスがフォアボール選んだあたりで、満里奈似の目がすわってきた。「2点差くらいとっととひっくり返しなさいよ」とか言いながらモニターを見つめてる。

 

「このまま野村と清宮が塁に出たら、マンチューに満塁で回るんだからね」

 

ほんとにその通りになった。野村がライトにヒットで一二塁、清宮もフォアボールで満塁、そして万波に打席が回ってきたんだ。

 

何万人もの観客があげる声援がうねって、エスコンは異様な空気に包まれてた。寿司屋の客たちも今はモニターをじっと見つめてる。でも、誰も次に何が起きるかなんてわかんねえ。金持ちもエリートも、オレみたいな呑んだくれも。

 

だからこそオレたちは願いをこめて、ちっちゃいボールに人生を託すのかもしれない。野球って、すげえよな。万波はいま、何万人の願いを背負って立ってる。

 

打って! マンチュー!

 

満里奈似が叫んだ瞬間、万波が打った打球はエスコンの高い屋根に向かって弧を描いた。そいつがレフトのブルペンに飛び込んだとたん、オレは拳を突き上げて叫んだ。逆転満塁ホームランだ! 見知らぬ誰も彼もが声をあげて、ハイタッチして、抱き合ってた。

 

涙ぐちゃぐちゃの満里奈似がオレの背中を叩いて叫んだ。「ほらだから言ったじゃない! マンチューが“満塁ホームラン返し”してくれるって言ったじゃなーい!」

 

まったくだよ。ここに一人、未来が見える人間がいたってことだ。


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