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昨日はライジングサンへ行ってきました。
地下鉄「新さっぽろ」駅から一旦「大通」まで出て、そこで乗り換えて「麻生」駅へ。シャトルバスチケットは事前に購入しているので、スムーズに乗車。そこから30分ほどバスに揺られて、会場に到着。
まず耳に飛び込んできたのが、シティポップの現代版解釈と思しきバンド「離婚伝説」。いい音を出していた。ガッツのあるバンド名だが、調べたらマーヴィン・ゲイのアルバムタイトルから取ったそうだ。
風に乗って聴こえる彼らの音楽を聴きながら、北海道のでっかい空を眺めていた。雄大な自然を感じていた。3年ぶりのライジング、やっぱ最高じゃん、ここ。
MOBYが連絡をくれて落ち合う。忙しいだろうに、気にかけてくれて嬉しい。「離婚伝説」を観ながら、ジャンルは違えど、お互い音楽を「因数分解」しながら聴くことが職業となっている二人だから、いろんなアーティストの名前を挙げながら「離婚伝説」のコンセプトを腑に落とした。
MOBYは向井秀徳さんと縁が深い。向井さんは僕より少し後輩の世代。彼らが世に出てきた頃は、自分の人生を立て直すのに必死で、人の音楽を聴く余裕なんてなかったから、敬して遠ざけてきた。
向井さんのリハーサルの音を聴きながら、ギターの音の素晴らしさにしびれた。アコギはどんなに強く弾いても耳に痛くなることがなく、6つの音の塊が立体的に押し寄せてくるようだ。そして、彼が弾くテレキャスターの響きの美しさよ。
向井さんの本番を待つ間や、会場間を移動する間も、MOBYはひっきりなしにファンの方々に声をかけられる。僕と同年輩くらいのベテランロッカーのみなさんはもちろん、親子連れや、二十歳の男子二人組たちなんかも、キラキラした瞳でMOBYに声をかける。その他、通り過ぎざまに「明日、楽しみにしてるよ!」なんて声をかけてくる人もいたりして、僕は横で非常に嬉しい気持ちでいた。喜んでシャッター係、やらせていただきました。僕だって、みんなと同じようにスクービーの大ファンだからね。明日が楽しみだよ。
西日が後頭部に辛い時間帯を耐え忍べば、北海道の最高の夕暮れを体験できる。ちょうど陽が落ちる頃に向井秀徳さんはステージに登場し、向井さんにしかできない音楽表現をたった一人で演じていた。
歌詞の素晴らしさに驚き、ギターの達者さに驚き、歌のピッチの正確さに驚き、ビートの感覚が徹底的に洋楽的でありながら「和」を感じさせることに驚いた。一回丸ごとのライブを体験してみたい。音源も一つずつ聴かせてもらおうと思った。
「明日がんばって!」と握手をして、ここでMOBYとはお別れ。僕は佐野元春さんのステージに向かうべく、足を早めた。時計を見たら、そんなにゆっくりはしていられない。
僕は佐野元春チルドレンである。佐野元春のフォロワーと言われると嬉しいし、彼に憧れて今ここにいる。誰だって心が柔らかい中学生時代に、支えになってくれた表現があるはずだ。僕の場合は佐野元春さんだ。常套句で「一生ついて行きます」なんて言うが、まさにあれだ。
一生ついてきてしまった。
『君を探している』のような曲を書きたかった。アレン・ギンズバーグもボブ・ディランもバーズもブルース・スプリングスティーンも、全部入り。結局、何十年たっても、こんな曲を書けたのは佐野元春一人だったってことじゃないか。
『Young Bloods』がリリースされたのは高一で、僕の人生は混沌の真っ只中だった。この曲が温めてくれた冬の寒さを、今でも鮮明に覚えている。冷たい夜にさよなら。伊藤銀次さんに初めて会った夜、歌詞のお手本として伝えてくれたのがこの一行だった。いいかい成瀬くん、歌っていうのはたった一行で心をキャッチするものなんだよ。冷たい夜にさよなら。これだよ。
僕は自分のアルバムで『Someday』をカバーしたことがある。出版社の担当の方は「カバーの許諾は難しいんです」と言ったが、僕が食い下がったため、佐野さんに手紙を渡してくれることになった。長い手紙を僕は書いた。一週間後、担当者の方が「すごいです! カバーの許諾がおりました」と電話をくれたとき、僕が泣き崩れたのは言うまでもない。今でも、あの時の僕には泣き崩れる資格があったと思っている。
シャンデリアの街で眠れずにいたあの頃の僕に、つまらない大人にはどうしてもなりたくなかったあの頃の僕に、今の僕はどう映るのだろう。絶対に裏切っちゃいけないものがあるとするなら、「10代の自分自身」だって僕は思うから。
他の誰かじゃなくて、「佐野元春」で本当によかった。僕の全人生を捧げてきた憧れの人は、今もずっと、憧れのままだった。
おはようございます!!!!
昨日はエスコンフィールドに、スクービーのMOBYくんが来てくれました。思わず「ようこそ、北海道へ!」って言っちゃったよ。すっかり道民気取りです。もうこちらに来て1年半、エスコンはすっかり“我が家”になりました。
久しぶりにMOBYくんと、野球を観ながらたっぷり語り合いました。僕はドラマーとしての彼も、ベースボールライターとしての彼も、心から尊敬しています。音楽、映画、文化、あらゆる分野に造詣が深く、いつもいろんなことを教えてもらっています。
スクービーも明日出演するライジングサン、たっぷり楽しんでこようと思います。…が、お盆もフェスも、締切は待ってくれません。これ、終わらせなきゃね。みんなの曲を仕上げていくぜ!
おはようございます!
真夏ですね!
今日は昨夜開催された「B-1グランプリ」の振り返り配信、やります!
ぜひ、観てね!
昨日Xに書いた「コライト」考を、ここで背景と意図を補足しつつ整理しておきたい。
このブログを読んでくださっている方は、僕がコライトに反対しているわけではないことを、きっとご存じだと思います。むしろ推進派です。いまの時代、トラック先行で素敵なトップラインをつけられる方が、作家として生き残れる可能性はぐっと広がります。理由は明快で、分業化の進行と提出スピードの重要性が増しているからです。
実際、僕自身も2017年からAPAZZIとのコライトで何曲か作っていますし、最近では永野雄一郎さんと『動く唇』を作りました。トラック先行は、僕の「得意分野」だと自認しています。
では何が心配かというと──近年のトップライナーやトラックメイカーの中に、「ハーモニー」の感覚がほとんどない人が本当に多いことです。たとえば、サビのメロディに上下のハモリをつけたり、コード進行に沿ってハモリを整えたりすることが、驚くほどできていない。
ジャズやクラシック、そして「20世紀のポップス」をしっかり聴いてきた人にとって、ハーモニーは命ですから、そんなことは起こりにくいはずです。けれど、いまの作り手の一部には──流行の音楽を「なんとなく」聴き、DTM(パソコンを使った音楽制作)で作り方を覚え、トップラインの歌詞とメロディまでは作れるけれど──ハモリが苦手、というケースが目立ちます。なぜこの違和感を「違和感」として捉えられないのか、不思議に思います。おそらく、音楽をきちんと「聴く」ことをおろそかにしているからではないでしょうか。
では何から始めるか──まずは“聴く力”。次に、楽器の“語らせ方”。
「楽器ができないと作曲家になれませんか?」という問いには、もうイエスともノーとも言えない時代です。必須ではない、という点には僕も同意します。ただし、その楽器──ギターならギター、ハモンドならハモンド──の「語らせ方」は、徹底的に知っておく必要があります。
それに、僕は「音楽理論を知らなければ作曲家になれませんか?」という質問があまり好きではありません。本気でプロを目指すなら、そんなことをプロに尋ねる前に、楽器やMacを使って自分のイメージする音を作っているはずです。 まず作る。次に聴いて、判断し、納得いくまでそれを直し続けるでしょう。
作曲家に本当に必要なのは「才能」です。器用に何でもこなせたり、メロディが次々と湧いたりすることを指すのではありません。音楽という深い芸術に一生を捧げ、すべてを懸けて作り続ける覚悟──それを、僕は才能と呼びます。