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「今日は、小島は責められないですよね?」
試合が終わったあと、僕はいつものように新札幌行きのバス停に並んでいた。満員のデイゲーム。ヒーローインタビューが盛り上がっている隙に、うまく列に滑り込めたので、思ったよりも待たずに乗れそうだった。そうだな、20分くらいでバスに乗れるだろう。そんなふうに考えていたときだった。
「今日は、小島は責められないですよね?」
そう話しかけてきたのは、マリーンズの帽子とユニフォームを身にまとった、二十代半ばくらいの青年だった。リュックを背負ったその青年は、僕の顔を一瞬じっと見たあと、慎重に声をかけてきた。きっと、話しかけてもいい人なのかどうか、考えたんだろう。
僕も、バスを待つあいだ少し退屈していたので、うなずいて話に応じた。
「いや、小島は本当に素晴らしかったですよ」
「そうですよね。小島は責められない」
それにしても──彼は続けた──
「今日の試合は、なんといっても初回の岡のボーンヘッドですよ。なんであれ、飛び出しちゃったんですかね」
「僕も驚きました。万波のポジショニングが良かったって言えなくもないですけど、それでも、あそこは打球が落ちてからのスタートでも間に合いましたよね」
そう。結果的に、あの岡のミスが、今日のすべてだった。
そんな話をしていると、後ろに並んでいた六十代後半ぐらいのご夫婦の奥さんの方が、話に割って入ってきた。
「岡はいいのよ。ファイターズにもいたんだから。がんばってるじゃないの」
「もちろん岡はいい選手です。でも今日は……ボーンヘッドでしたね」
「そういうときもあるわよ。岡だって必死なのよ」
「そうですよね。去年もオールスターに出ましたしね」
僕がそう返すと、奥さんは嬉しそうにうなずいた。
「ファイターズにいた人は、みんな応援しちゃうわね」
ほんとうにそう思う。
「それにしてもロッテ、強いですよね」
「ほんとよ、ねえ」と奥さん。
たしかに、今日も七回に野村が同点ホームランを打つまでは、まったく勝てる気がしなかった。このまま負けるか──そんなふうに思っていた。
「七回に、小島が突然乱れちゃいましたよね」とマリーンズファンの彼が言った。
「少し球が浮いたのかな。野村にはストレートを、左翼へ──あれは対空時間の長い、まさに四番打者のホームランでしたね」
「本当に長かったよね」
マリーンズファンにとっては苦しい瞬間だったろう。でも、奥さんが後ろからすかさず言った。
「たまには勝たせてよ」
その後のレイエスの一発も、効いた。
「これでレイエス、目覚めちゃうかもね」
奥さんはイタズラっぽくそう言った。
「そうなったらいいですね」
レイエスは、決して不調というわけではなかった。なかなか結果に結びつかないだけだった。今日のこの一発が、復活のきっかけになればいい──僕はそんなふうに思っていた。
「ファイターズはブルペンも良かったですよね」と彼が続けた。
河野、田中正義。この二人は万全だ。
「強いチームですよね」
「いやいや、マリーンズも本当に強いですよ。僕は監督の吉井理人さんのファンだから、マリーンズの野球にはすごく興味があるんです」
そんなふうに話しているうちに、バスの順番が来た。彼が先頭、僕が二番目にバスに乗り込む。
彼は運転手に障害者手帳を見せ、そのまま一番前の席へ。僕も続いて通路を挟んだ席につくと、彼が隣に座ってきた。まだ、もう少し話したいのだろう。
「いやー、ここのところ、ブルペンが大事なところで打たれたり、投手交代のタイミングがズレたり……そんな試合が多かったので、今日もドキドキでしたよ」と僕は言った。
「たしかに、古林の浅村に打たれた一発、大きかったですよね」
彼は本当に野球が好きなんだな、と思った。マリーンズファンなのに、ファイターズのことにも詳しい。
「あのときの古林は責められない。初回の清宮のエラーから、全部始まりましたもんね」
──すごいな。僕は毎試合観ているから覚えているけれど、彼は違う。それでもこんなに細かいディテールまで知っているなんて。本当に、心から野球が好きなんだ。
「ロッテとは、また今年も楽しい戦いになりそうですね」
「僕も、明日行きます」
「僕も、行きますよ」
バスが新札幌駅に着き、彼は一番に立ち上がって降りた。僕は隣の老夫婦に先を譲り、そのあとに続いた。右側のガード下の方を見ると、彼はもう小さくなっていた。リュックを揺らしながら、早足で歩く後ろ姿が見えた。