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西武の先発が隅田と知った瞬間、私は小さくうなずいた。清宮は外れる、と。
数字は正直だ。隅田と清宮の対戦成績は15打数で安打ゼロ。加えて、昨日は決定的なエラーもあった。首脳陣だって彼の休養を考えてもいいだろう。そんな予感は、やはり的中した。
ライトスタンドのいつもの席。今日も黒縁メガネの男がiPadでスコアをつけている。白髪まじりで、年齢は50代中盤くらいだろうか。いつも一人で静かに観戦している。前回言葉を交わして以来、少しだけ会話が増えた。「隅田だね」と声をかけると、「ええ、今日は厳しいですね」と彼は笑った。相手投手と打者の相性、直球とスライダーの質、そんな話題を交わしながら試合を待つ。若い頃のようにただ声を張り上げるだけではない。今は、こうして試合前に静かに読み合う時間もまた、野球観戦の楽しみのひとつなのだ。
試合が始まると、意外にもファイターズ打線がまず主導権を握った。レイエスが隅田の2球目をしっかりと捉え、打った瞬間、それとわかる打球はあっという間にスタンドへ消えていった。前日の最終打席に続く2打席連続の一発。ホークス戦ではメンバーを外れていただけに、この一打は本人にとっても特別なものだっただろう。続く3回裏にも、レイエスは左中間へ鋭い打球を運び、追加点をもたらした。ベース上で控えめに喜ぶ彼の姿は、どこか安堵と誇らしさが入り混じっているようだった。
若い投手、達孝太も見事だった。6回1失点。今季初登板とは思えない落ち着きで、堂々とした投球を続けた。マウンドで腕を振る姿はまだ華奢だが、逆に新鮮に映る。こうして少しずつプロの舞台に馴染み、大人になっていくのだろう。年を取ると、どうしても若い芽に目がいく。彼らの姿には、どこか未来を託したくなる思いがある。
続くマウンドには池田、河野といったファイターズ自慢の中継ぎ陣が登場し、スコアボードに静かにゼロを並べ、試合を落ち着かせていく。そして試合を締めくくるアンカーを任されたのは、もちろんクローザーのジャスティスこと田中正義だ。
2点差で迎えた9回、田中正義がマウンドに上がる。一死後、ライオンズ中村剛也が放った一発。打った瞬間、それとわかる美しい放物線が、静かにスタンドへ吸い込まれていった。敵ながら、その一振りには胸が熱くなった。長いプロ生活で積み上げてきた意地と矜持。そのすべてが詰まった打球だった。ベテランの一発には、若い選手とはまた違う、重く深い意味があるように感じた。
だが田中は崩れなかった。きっちりと後続を抑え、3-2で試合終了。私は静かに息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。これでようやくエスコンで4勝目。やれやれ、と思わず独りごちた。
勝つ日もあれば、負ける日もある。ただ、それが野球というものだ。スタンドに流れる応援歌を背に、勝利の余韻を少しだけ名残惜しみながら、私は帰り支度を始めた。
帰り道、ふと新千歳空港の「ファイターズカフェ」での出来事が頭をよぎった。あの日、何気なく頼んだバーガーのバンズに「背番号を入れられます」と言われ、私は迷わず「21番で」と告げた。自分が清宮幸太郎という選手に思い入れを抱いていると気づいた瞬間だった。焼き目がついたバンズの「21」を眺めながら、私は静かに胸が熱くなっていた。清宮の未来を思ったのだ。まだ不安定な部分も多いが、それでもチームを背負う存在になってほしい。そう願わずにはいられなかった。昨夏以降の彼の活躍を思い返すたびに、どんな大きな夢だって見ていいのだと、自然と思えるようになっていた。
今日のようにスタメンを外れる日もある。野球は時に残酷だ。だが、それを受け入れ、また前を向くことこそ、この世界の流儀でもある。きっと彼は這い上がる。まだ若い。まだ時間は十分にある。私は静かにそう信じている。
あの21番が、歓喜の輪の中心で、誰よりも眩しい笑顔を見せる日がきっと来る。その時、私は静かにスタンドからそれを見届けるだけだろう。それで十分だ。そうしてまたひとつ、この胸に、野球とともに刻まれる記憶が増えていくのだから。