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なんて試合だよまったく。だってそうだろ? レイエスと万波のホームランで3-0で勝ってて、ファイターズの先発は加藤だぜ。安定感がユニ着てボール投げてるようなピッチャーなんだよ、加藤っていえば。「今日はゆっくり観られますね」って前の席のおっさんが振り向いて話しかけてきた。オレもそう思ってた。「今日は楽勝だよね」って答えた。
そのおっさん、iPadかなんだかのタブレットにタッチペンでせっせとスコア書いてんのが見えた、汚ねえ字でさ。アナログなのか未来なのかわかんねえ、ほんと世の中いろんな人がいるよな。
3回が終わったあたりでオレはもう、エスコンの中の寿司屋で日本酒キメようとコンコースを歩き出した。今日もすっげえ入り、すれ違うみんなマジで楽しそうだ。派手目なおねえさんも、おっさんもおばちゃんも子どもたちもヤンママもイクメンパパも、なんなら犬だって笑ってる(そう、犬だって野球観戦するんだぜ)。エスコンは「野球も観られるでっかいテーマパーク」だ。オレにとっちゃ「野球も観られるどでかい居酒屋」って感じだけどな。酒も食いもんも充実してて最高。ピザも焼肉も海鮮もスイーツも、全部うまい。
で、オレは寿司屋のカウンターに座って、試合をモニターでちょいちょい見つつ呑んでた。そしたら隣に座った、ちょっとだけ渡辺満里奈に似てるといえなくもない女が赤い顔してさ、「あたしいっつもここに呑みに来てんのか野球観に来てんのかわかんないわよね」って嬉しそうに寿司屋の女将にぼやいてた。女将は「どっちもダイジに決まってるわよ。ね?」ってオレにウィンクした。
満里奈似の女は『MANNAMI 66』ってユニフォーム着てて、酔ってるオレはつい「さっきの万波のホームラン、エグかったね」って話しかけたんだ。そしたら「そうなの、マンチューはライトにおっきいの打ち出したら調子いいんだから!」って言ってカウンターばんばん叩き出した。「昨日だって、一番悔しいのはマンチューなんだから!」って目を潤ませてんだ。
だからオレも、わかるわかる、よかったよな今日は、いきなりホームラン打って。なんつっても万波中正、略してマンチューだよな! 新庄さんも思い切ったことするよな、でもあれは悔しさをマネージメントしてるわけでさ、とかなんとか適当なこと言って、試合そっちのけでガンガン呑んでた。そしたら、ウワッーーー! と場内の数万人が悲鳴あげた。いやマジで、あんな壮絶な群衆の声は初めてだった。顔を上げたら楽天の村林が涼しい顔でホームインしてる映像が映ってた。
オレたちがしこたま呑んでる間に、加藤が逆転満塁ホームラン打たれてこの回6点。安定感がユニ着て投げてる加藤が炎上だよ。一気に酔いが覚めた。さっきまで3点勝ってたのに、今じゃ3点負けてる。野球はわかんねえよな。
「大丈夫、マンチューが“満塁ホームラン返し”してくれるから!」って叫んだ満里奈似は寿司セットとレモンサワーを追加。「そうだ、万波はそういう男だ」ってオレも冷酒のおかわり頼んだ。「乱打戦上等」と満里奈似。「It ain’t over till it’s over」とオレ。
6回、楽天の松井から先頭のレイエスがフォアボール選んだあたりで、満里奈似の目がすわってきた。「2点差くらいとっととひっくり返しなさいよ」とか言いながらモニターを見つめてる。
「このまま野村と清宮が塁に出たら、マンチューに満塁で回るんだからね」
ほんとにその通りになった。野村がライトにヒットで一二塁、清宮もフォアボールで満塁、そして万波に打席が回ってきたんだ。
何万人もの観客があげる声援がうねって、エスコンは異様な空気に包まれてた。寿司屋の客たちも今はモニターをじっと見つめてる。でも、誰も次に何が起きるかなんてわかんねえ。金持ちもエリートも、オレみたいな呑んだくれも。
だからこそオレたちは願いをこめて、ちっちゃいボールに人生を託すのかもしれない。野球って、すげえよな。万波はいま、何万人の願いを背負って立ってる。
打って! マンチュー!
満里奈似が叫んだ瞬間、万波が打った打球はエスコンの高い屋根に向かって弧を描いた。そいつがレフトのブルペンに飛び込んだとたん、オレは拳を突き上げて叫んだ。逆転満塁ホームランだ! 見知らぬ誰も彼もが声をあげて、ハイタッチして、抱き合ってた。
涙ぐちゃぐちゃの満里奈似がオレの背中を叩いて叫んだ。「ほらだから言ったじゃない! マンチューが“満塁ホームラン返し”してくれるって言ったじゃなーい!」
まったくだよ。ここに一人、未来が見える人間がいたってことだ。