blog
久しぶりに業界随一のやり手、Kiyoshi Sunrise と電話で話した。相変わらず爽やかで、話が早い男。あたしがやってる「作曲ラボ」を卒業する作家を引き受けてくれないかって、頼んでみたんだ。
もちろんその作家は、あたしらが一から育ててきた子。最初に届いたデモを聴いて、あたしすぐ電話かけて言ったのよ。――このままじゃ全然ダメだよ、って。打ち込みはまあまあできてるし、一応曲の体裁はある。でもさ、「ポップス」としての土台が弱いの。たぶん、この状態でもコンペには出せるかもしれないけど、採用はまず無理――そう言ったの。
彼、それまで何件も事務所にデモを送ってたらしいんだけど、どこからも返事がなかったんだって。それでも「厳しく指摘してもらえるのはありがたいです。ぜひユウキさんのもとで学びたいです」って言ってくれてさ。
そこから彼はね、非凡なセンスを見せてきて、しかも謙虚に学びながら、コツコツ楽曲コンペに挑戦し続けたの。で、ある日とうとう初めてのキープが採用になった。メジャーアイドルのシングルのカップリング曲。いやもう、すごくない?
この世界、やっぱ実績がすべてなんだよね。たった一曲って思うかもだけどね、「イチ」と「ゼロ」にはとんでもない差があるの。その「イチ」を彼は掴んだ。だからウチで続けてほしい気持ちもあるんだけど、彼の将来を考えるとやっぱりKiyoshiの事務所がぴったりだと思ったわけ。
「もちろん作家は募集してるけど、ユウキさんはいいんですか? せっかくそこまで育てたのに」
「いいんだよ。案件はKiyoshiのほうが多いし、ウチは王道ポップスや歌謡曲が中心。彼はもっとアイドルに曲を書きたいみたいだし」
「ユウキさん、相変わらず商売っ気ないっスね。ウチとしては助かりますけど」
「で、札幌はどうですか?」
「楽しいよ。毎日野球観てる。こっち来るときは連絡して、案内するから」
「行きたいっスね。北海道なんて10年以上行ってないなあ」
「逆にあたしがそっち行ったら連絡するわ。こないだ北山くんとやったセルフカバーのライブ、またやんなよ」
「あんときは来てくれてありがとうございました」
「Kiyoshi、歌よかったよ。作曲家や社長の前に、やっぱあんたは歌手だと思った」
「恥ずいっスよ。もう歌は遊びっス。でもまた歌ってみたんで、YouTube観てくださいね」
「ところで」とKiyoshiが言う。「ユウキさん、いくつになったんですか?」
「57……あ、まだ56だ」
「そっか、ちょうどオレの10こ上ですね。オレらももうずいぶんベテランになっちゃいましたね」
負けは仕方ない。でもホークスにやられるのはやっぱり癪なのよ。特に今夜は大好きな池ちゃんが延長十一回に一発を浴びて負けたから、気が収まらなくて七つ星横丁のカウンターでビールあおってた。そしたらさ、案の定、あいつがいたのよ。顔まっかっか。
「よう、満里奈似」
「お、今日はどこで観てたの?」
「応援団してたよ。延長は疲れるな」
「新庄さん、ほんと肝が座ってるよね」
「ああ、新人右腕のイーレイな? プロ入り初登板が同点の9回なんて、ベテランでもちびる場面でさ」
「ハタチなんだって? いずれメジャーを夢見てるらしいね」
「今日も初登板の顔じゃなかった。『なんぼのもんじゃい』ってホークス打線を見下ろしてたよな」
「あのさ」
「何?」
「ずっと満里奈似って呼ぶのも変だろ? あんたの名前、教えてよ」
名前ね……。ペンネームならいくつかあるのよ。ほんとはそんなのつけたくなかったけど。苗字も変わったり戻ったりしたし。ほんとは戻りたくなんてなかったけど。
あたし、ふざけて「名前? あだ名ならあるわ」って歌ってやったの。そしたら彼、笑って「古いね」って言った。目の前のこの男の名前すら、あたしは知らない。でも、それでいい。この男の前では、あたしの名前は満里奈似でいいのよ。