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いつかどこかの素敵な球場の近くに住んで、日常的に野球を観ながら、じっくり腰を据えて仕事に取り組む日々を送りたい――と、僕はずっと思っていた。その「いつか」は、ぼんやりと頭に浮かぶ「老後」みたいなもので、「どこか」はアメリカのボストンか、あるいはシアトルあたりを勝手に妄想していた。そしてその「いつか」なんて、きっと一生来ないんだろうなと、心のどこかで確信してもいた。
それが、娘の大学進学をきっかけに北海道と縁ができ、彼女に会いに通っているうちに、気づけばエスコンフィールドができた。無類の「野球場好き」である僕は、その魅力に一発でノックアウトされた。
開閉式天然芝の球場といえば、シアトルの「T-モバイルパーク」も素晴らしいけれど、エスコンの方がずっと洗練されている。球場の豪華さでいえばヤンキースタジアムも印象的だったけれど、全天候型じゃないから春や秋は寒さがこたえる。ペトコパークは明るくて開放的だけど、あの暑さには正直まいった。ドジャースタジアムは伝統ある球場で、ロケーションも最高だけど、古さは否めない。
日本の球場で一番好きだったのは、やはり甲子園だ。リニューアルされてからは資料館も併設されていて、野球好きにはたまらない一日が過ごせる。駅前でアクセスもよく、大阪からも神戸からも行きやすい。意外と駐車場も探せばある。でも阪神ファンの熱狂ぶりはここ数年でさらにヒートアップしていて、観戦後は人の多さと騒音にやられてぐったりする。
広島のマツダスタジアムもよかった。駅から近くて、広島という街全体がカープと一体になっている感じ。天然芝のグラウンドが、丸や鈴木誠也という名外野手を育てたのかと思うと感慨深い。
そして僕の地元・神戸の「グリーンスタジアム神戸」(現「ほっともっとフィールド」)。ここは本当に夢のような球場だった。イチロー、田口、長谷川……のちにメジャーで活躍する選手たちを、ガラガラのスタンドからじっくり眺められた日々。神戸人は熱しやすく冷めやすい。イチローブームも2年ほどで終わり、その後はスタンドが信じられないほど静かになった。あの頃、パ・リーグの選手が次々とメジャーに活躍の場を移した背景には、そんな状況も少なからずあったと思う。
関東圏では、消去法になるけれど「東京ドーム」が好きだ。神宮、所沢、横浜、千葉と一通り通ったが、どこも一長一短。関東に「これぞ」という天然芝の名球場がないのは、日本の野球文化にとって損失だと感じている。
そんな中で「この球場の近くに移住してでも観戦したい」と思わせてくれたのが、エスコンだった。そして実際に移住までした。昨年は50試合以上通い詰め、今年はライトスタンドに年間シートまで持った。我が野球ファン人生に、一片の悔いなし、である。
実際の妄想では、もっと優雅なシートに座り、ジャラジャラ入ってくる印税でゆったり観戦しているはずだった。でも現実には、北海道に住んでいるにも関わらず、ほとんどどこにも遊びに行けず、毎日せっせと仕事に精を出している。でもそれでも、湘南や東京にいた頃と変わらず仕事ができているのだから、僕はそんな自分の運の良さに、しみじみと感謝している。
さて、日曜日の対イーグルス第3戦。売り出し中のエース候補・達が先発だった。ここまで無敗、防御率0点台という無双ぶりだったけれど、この日は大乱調。サード清宮の痛いエラーも響き、5回5失点。相手もプロ、きっちり対策してきていた。
でもファイターズ打線も負けていなかった。レイエスの満塁ホームランも飛び出し、両チーム組んずほぐれずの激戦。7回裏で6-6。
僕がシーズンシートにライトスタンドを選んだのは、清宮のホームランをリアルに体験したかったから。昨年7月以降の覚醒はすごかったし、今年のオープン戦でもホームランを連発していた。どれだけ打ってくれるのか楽しみにしていたけど、ここまでエスコンでは一発も出ていない。
全打席、全球を祈るように見守る僕を含む清宮ファンも、さすがに疲れてきた。君が大切な戦力なのは間違いないし、OPSも少しずつ上がってるのもわかる。でも、この清宮びいきの僕ですら、そろそろ打ってくれないと庇いきれないよ。
後ろのジュンコさんと、その隣の夫婦が「もう清宮ったら!」とつぶやいている。「守備も下手なんだから」なんて声も。心の中で「6月はエラーゼロだったのに」と密かに庇いながら、スリーツーのカウントで、ジュンコさんが僕に話しかけてきた。
「打ってくれるかしら?」 僕は振り向いて言った。「信じましょう。きっと打ってくれますよ」
そして次の瞬間、時が一瞬止まったように感じた。清宮にしか描けない、美しい弾道のホームランが、こちらへ一直線に飛んできた。ライトスタンド総立ちの歓声の中で、僕は振り返ってジュンコさんに「ほらー!!!」と叫び、ハイタッチした。
誰もが待っていた、清宮のエスコン今季一号。 「孫に清宮グッズを買って帰ろう」と ジュンコさん、満面の笑みで立ち上がった。