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お疲れ様です!
今日の投稿はクリエーターズのみなさん限定になります。
いつも成瀬を応援してくれて本当にありがとうございます!
今年も『BINGO! AID』の季節がやってまいりました。この一年の『BINGO!』のみなさんの作品のショーケースとして、そしてささやかながらの社会貢献への試みとして、今年も企画させていただきます。
この一年でクリエーターズのみなさんと共作を進めてまいりました。もしみなさんの中で、「成瀬との共作の意思がおありの上」で「まだかなっていない方」がおられましたら、ぜひとも私と共作いたしましょう。
歌詞を書いていただいてもいいですし、メロディを僕がアレンジするのでも、僕がトップラインを書くのでも構いません。タイトルとイメージをお伝えいただくだけでも、オッケーです。
つきましては、ご参加の意思を4月15日までにお伝えいただけたら幸いです。「成瀬が忙しそうだから…」なんて遠慮はご無用です。逆に僕の方でも、4月15日の時点でのお申し出にて、一旦発売日のメドを立てさせていただきますね。こちらからどうぞ!
ぜひ、奮ってのご参加、お待ち申し上げております。
ここから一週間ほど、『BINGO! AID』制作に全振りしてまいります。生配信も(出張などもあり)不定期にはなるかもですが、ご視聴いただけたらとても嬉しいです。
作曲家事務所には、二つの大きな役割があると僕は思っています。ひとつは作曲家に仕事を取ってくること。そしてもうひとつは、作曲家を見つけて育てること。
現在のJ-POPのヒット曲の多くは「コンペ」で作られています。でも、実はそのコンペに「参加させてもらうこと」自体がとても難しいんです。
僕はかつて応募した作曲家事務所全社に完全無視された経験があります。一曲とは言えオリコンにチャートインするようなヒット曲を書いたバンドのソングライターだったにもかかわらずです。甘い世界ではない、と感じずにはいられませんでした。まず提出できる機会自体が限られていて、ようやくデモを送れたとしても、その入り口に立つことすら難しいのが現実なんだと。
それでもあきらめずに、人に向けて曲を作るということを強く意識して再チャレンジしたところ、ようやく一社だけコンペに出させてもらえるようになりました。2001年の暮れでした。
その事務所には5年ほどデモを出し続けましたが、特にアドバイスをもらうこともなく、良くも悪くも放っておかれていたんです。それが僕にとっては幸いでもあり、少し寂しくもありました。誰からも口を出されなかったことで、自由に試行錯誤できた一方で、「これでいいのか」と迷いながら作り続ける日々は、孤独でした。
何も言われなかったおかげで、全く結果が出ていなかったにもかかわらず、5年も続けられた。でも多くの人にとっては、2~3曲出して反応がなければ、やめたくなってしまうのが自然だと思います。僕がなぜやめずにがんばれたかといえば、それはもう、生活のために必死だったから。それだけです。
だからこそ、自分が作曲家の事務所をやるなら「育成」に力を入れたいと、ずっと思ってきました。才能がある人は自然と大手事務所に囲われて、「エリート音楽シーン」ができあがっていく。大きなコンペは大きな事務所の作家から決まっていく。例外もあるかとは思いますが、考えてみればそれは当然の話です。音楽ビジネスはオリンピックじゃないのだから。
それでも、コンペに参加した楽曲のクレジットを見るたびに「いつも同じメンバーじゃないか」と唇をかみしめる日々が続きました。僕とこの作家のどこにそれほど差があるのか。悔しさは次の創作へのモチベーションになりました。
そこに風穴を開けてくれたのが、秋元康先生が手がけられた「AKB48」以降のコンペです。所属事務所も年齢も経歴も関係なく、ただ「曲がいいかどうか」で採用される。それを証明しているのが、僕です。それまで5年間どこでも決まらなかった僕の曲が、AKB48さんのコンペに初めて出した一曲で採用されたんです。その曲が『BINGO!』でした。
こうした経験を通して、僕は「結果が出ない才能ある人たちにこそ、チャンスを届けたい」と強く思い、立ち上げたのが、音楽事務所「BINGO!」です。最初に集まってくれたのは、これまで報われてこなかったミュージシャンたちでした。みんな30代後半から40代の、いわゆる「おっちゃん・おばちゃん世代」。音楽を長く続けてきたものの結果が出ず、それでも音楽を続けていく人たちです。
僕は、そんな彼らにコンペを紹介しました。なぜなら、彼らに“代表作”を作ってほしかったから。代表作があるかどうかで、その後の人生は大きく変わる。そのことを誰よりも痛感しているのが、僕自身です。もし『君はメロディー』がなければ、今の僕はなかったでしょう。
だからこそ、最初に集まってくれた仲間たちを“プロ作家”にするのが、僕の第一の目標でした。その結果、ネロがNMB48さん、マツダヒロがAKB48さんで作曲家デビュー、今年に入って白井大輔が「MATSURI」さんのデビュー曲『アヴァンチュール中目黒』で、オリコン1位を獲得することができました。「才能があるのに報われないミュージシャンにチャンスを」この目標が、ようやく第一段階に到達したと思っています。
そしていま、僕がもっとも力を入れているのが、「まったくの無名の作家志望の人たち」にチャンスと情報を届けることです。なかなかコンペで結果が出ない人、何年も頑張っているのに採用に至らない人たちは、実はほとんどが「同じ間違い」をしています。その間違いとは何か? それこそが、作曲家の“企業秘密”。でも僕は、それを本気で音楽をやりたい人に、ちゃんと伝えたいと思いました。
難しいことじゃありません。一番大切なのは、「人と同じことをやらないこと」、そして「あなたの音楽を確立すること」。つまり、自分の中にある音楽を、一番伝わりやすい形で世の中に届けること。
そのために必要なのは、歌詞の書き方、仮歌の依頼方法、アレンジの工夫、曲を完成させるスピード感など。そういった実践的なノウハウを共有する場所として「成瀬ゼミ」を始めました。
そしてこの度、成瀬ゼミから初めての「採用者」が生まれました。NMB48さんの新曲『チューストライク』Type-C収録の『もっと永遠に』を作曲した、松田貴嗣くんです。
彼は9ヶ月前にBINGO!に連絡をくれて、そこからずっと学びながら努力を重ね、この素晴らしい結果を掴み取りました。特にここ数ヶ月は、提出するデモごとに構成やメロディ、アレンジの精度が明らかに向上していて、僕たちもその成長ぶりに本当に驚いています。
ぜひこれからの松田貴嗣くんの活躍にご注目ください。本日、彼の紹介動画を公開していますので、ぜひご覧いただけたら嬉しいです。
次の僕たちの目標は『上を向いて歩こう』のような世界的ビッグヒットを、「欧米の真似」ではない日本伝統のポップスのフォーマットで成し遂げることです。長く日本のポップスに関わらせていただいていますが、今ほど「真似っこ」の音楽が量産されている時代はないと断言できるから。作り手としてのみならず、リスナーとしても大変さみしい状況になりつつあると憂いています。
独自の進化を果たした日本のポップスが僕は好きです。ガラパゴスの何がいけないの? 僕はそう思っています。「みんな」が消費し尽くした「シティポップ」だって、かつてはガラパゴスの代表として誰もが扱っていたのではなかったでしょうか。
お疲れ様です!
昨日は恒例の「BINGO! 全体ミーティング」、今回も力作が集まりました!
BINGO! メンバーのみなさんは振り返り配信で、どの作品が「BINGO! 大賞」を獲得したのか、 ぜひご確認くださいね。成瀬による感想戦、特に作家のみなさんにご好評いただいております!
今日の午後は動画編集をがんばっています。明日からは「BINGO! AID」に全振りしていきますね!
今年の野球シーズンは、大谷翔平の凱旋来日公演で幕を開けました。メジャーリーグの応援スタイルっていうのは鳴り物や応援歌などがないものですから、それを見たテレビのコメンテーターが「日本の野球も応援なんかなくせばいい」みたいなことを言って、軽く炎上していましたね。
応援については僕も割といろいろに思うことがあるんですよね、やっぱり。基本的には僕も日本のプロ野球の「応援団」「鳴り物」の応援はない方がいいとは思っています。
いや、待ってください、どうか話は最後まで聞いてください。
僕は2004年から20年間、日本のプロ野球を完全にボイコットしてきた人間です。子供の頃から熱烈に応援していた「近鉄バファローズ」という球団を、「球界再編」と呼ばれる、なんだかわからない「大人の事情」で奪われてしまったからです。その怒りをどうすればいいのか分からず、自分というプロ野球ファンをこの世から消すように、球場に一切行かずボイコットするという選択をしました。そして完全にメジャーリーグに全振りして、恋人に去られた傷を癒すように、メジャーに没頭していったわけです。その結果、DAZNで解説の仕事をいただいたり、アメリカの球場を巡ったりと、ちょっとミュージシャンとしては変わった方向にまで行ったのですが。いまでもMLBは僕の人生のほとんどです。
アメリカの球場って、やっぱり応援団がないことで野球がとても集中して見られるんですよね。選手の一挙一動、投手と打者の駆け引き、観客のざわめき。そういった要素がダイレクトに伝わってきます。だから、日本の野球もアメリカのスタイルを参考にしてきた流れがある以上、応援スタイルのあり方も一つの選択肢として考えていいんじゃないかと、ずっと思っていました。
この空白の20年間、浦島太郎状態の僕が日本のプロ野球をまた見てみようかなと思ったきっかけが二つあります。ひとつは、オリックス・バファローズの躍進。そしてもうひとつが、エスコンフィールドの開場です。
オリックス・バファローズというのは、もともとオリックス・ブルーウェーブでして、僕の地元・神戸に本拠地があり、90年代~00年代までは一番よく観に行っていた球場、球団でした。近鉄バファローズとともに僕が心から愛した球団の一つでもあります。でも、結果的にオリックスという球団が近鉄を「吸収」した当事者であることは、僕の中で簡単に消せる記憶ではないんですよね。つまり、二番目に愛していた球団が、一番愛していた球団を“食った”という状態になってしまったわけで、ものすごく複雑な感情を持ち続けてきました。10年ほど前にオリックスがイベントで近鉄バファローズのユニフォームを着て試合をした時は、本気で「喧嘩売ってる?」と思いましたし、当時の近鉄難民(僕らは自虐をこめてこう呼びます)はみんなかなり、怒っていたと思います。
ちょっと想像してみてください。もしあなたが大好きなチーム(例えば阪神タイガース)が、来年から読売ジャイアンツと統合になって「読売タイガース」として活動しますと言われたらどうでしょう? 両チームからいい選手はプロテクトして、残りの選手は別の新興チームへ。メンバーもバラバラになります。…こんな声明が出たら、どうなりますか? これを現実にやったのです。あの時、オリックスと近鉄は。そしてそれをなし崩し的に許したのです、NPBは。ああ、書いていてまた腹が立ってきました。
でもね、数年前、ふと山本由伸くんや吉田正尚くんたちが活躍して3連覇していた姿を見て「この子たちは僕が根に持っていることなんか知らずに、ただ一生懸命プレーしてるだけなんだな」と思ったんです。で、もうオリックスがやったことはやったこととして、「もう許してやろう」と思った。もう時は流れた。いいじゃないか、と。
そうして改めて日本のプロ野球を見てみたら、やっぱり面白かったんです。その頃ちょうど、娘が北海道の大学に通っていたこともあって、よく北海道に来ていて、エスコンフィールドの初年度には2、3回観に行きました。あの球場を見た瞬間に、アメリカの球場に全然負けていないじゃないかと感じました。心から感動しました。その感動がじわじわと大きくなっていって、最終的に僕は娘のいた北海道に移住することになったんです。娘が入れ替わりに東京の大学に編入して行ったタイミングで、娘が住んでいた部屋で仕事をしながら、エスコンに通うことに決めたのです。
さて、話を少し戻しましょう。応援団についてです。この20年間、日本のプロ野球を支えてきたのは、まさにファンの皆さんの努力のおかげです。今のプロ野球コンテンツって、ほんとすごいですよ。めちゃくちゃ盛り上がってる。20年前なんて、「地上波終わった」「巨人の人気がなくなった」「もうプロ野球終わりだ」なんて言われてました。でも実際は、いま全球団がきっと黒字経営しているんじゃないかというくらい、しっかりとファンが根付いているんです。
これはNPBの努力ももちろんですが、それ以上にファンのみなさんの努力のおかげです。応援団の皆さんもその中にしっかり含まれていると思います。スタンドで鳴り物を鳴らしながら応援し続けたことで、新しいファンが増えたというのも事実でしょう。だから、簡単に「応援団なんかなくせ」とか「鳴り物をなくせ」など、僕は言えません。むしろ感謝しかないです。だってその応援があったからこそ、いま僕がまたNPBに夢中になれる日々を取り戻せたんですから。「応援」は日本野球の文化であり、日本野球が生き残った理由の大きな一つであることは間違いないはずです。
だから一つだけ。楽器の中で「パーカッション」というカテゴリーがあります。カスタネットとかタンバリン、もちろんドラムも。いろんなものを叩いて音を出す。で、パーカッションの世界には、プラスチック製のものってないんですよ、寡聞ながらプラスチック素材を叩いて音を出す楽器が市民権を得た例を僕は知らない。なぜならプラスティックはどうしても耳に刺さる高音域の音が出てしまう。人の耳があの音を「快い」と感じることはないと思うのです。じゃあなぜプラスチック製のスティックを叩くのか、それは「安価な素材で大きな音を出したい」という理由であろうと。あの素材は「合奏」には向きません。しんどい人には本当にしんどい。僕は残念ながら、NPB観戦時は耳栓をして観ています。おかげであらゆる種類の耳栓に詳しくなりました。
だから、応援団そのものに文句を言っているのではなくて、「プラスチック製の鳴り物だけやめませんか?」という、ほんの小さな提案です。代わりに、手拍子でいいじゃないですか。自分の手でパンパン叩く。痛くなったらやめればいい。試合の終盤で手が赤くなるくらい叩いたら、それだけ応援したっていう実感も湧くと思うんですよね。
もしくは、応援団席の人たち以外は、プラスチックのスティックを使わないようにするマナーを定めるとか。球場にはお年寄りも、子供も、お若い方もたくさん来ます。応援したい人、静かにじっくり見たい人、いろんな人が共存できるスタジアムであれば、より素晴らしいなと思うんです。
球場で流れる音楽についても少し触れておきます。たとえば、エスコンフィールドでは今年のオープン戦まではイニングの合間にSMAPの『SHAKE』が流れていました。日本ハムファイターズには『シャケ丸』という鮭の形をした、とても可愛い応援キャラクターがいるんですけど、おそらくその“シャケ”にかけた“シェイク”という洒落だったんだと思います。開幕前までは普通にかかっていたんですが、3月31日にフジテレビの第三者委員会の発表があって以降、開幕後しばらくは『SHAKE』は流されなくなっていました。「ああ、やっぱりエスコンもそういうことを考慮して、流さないようにしてるんだな」と思っていたら、ここ二試合ほど、またイニングの合間に『SHAKE』がかかるようになっていました。
僕個人としての意見はふたつあります。まず、ソングライターとしての視点から言えば、いろんなことがあっても曲が“死んでしまう”というのはできるだけ避けたいという思いがあります。たとえ今回のような不祥事が起きたとしても、楽曲自体には罪はないわけで、公の場で普通にかけてもいい、という考え方は、作り手にとってはとてもありがたいものです。
一方で、やっぱりああいう出来事の直後に、球場のように老若男女が集まる空間であの曲を流すことに、違和感を覚える人がいるのも当然だと思うんです。僕の見解としては、単純に“シャケ”にかけて『SHAKE』を使っていたんだろうなという印象で、そこに強いポリシーや意志があったとは思えません。だとすれば、「今は別に無理して流さなくてもいいんじゃないかな」くらいのスタンスでいいと思うんですよね。
実際、『SHAKE』が流れた瞬間に、おおっと場内がざわついたり、ああ…と何かを察するような空気になったりする。それが野球観戦の空気を少しでも乱してしまうのなら、それは避けたほうがいいと正直思いました。決して「SMAPの曲を公の場でかけてはいけない」という話ではなくて、もし理由が“シャケにシェイク”という単なるダジャレだけなのであれば、たとえばCarsの『Shake It Up』なんて曲でも、十分に球場は盛り上がると思うんです。ベースボールとアメリカンポップスは相性がいいですしね。
みんなが純粋に楽しめる選曲。そういう視点もこれからの球場には大事なんじゃないかなと、そんなふうに感じた出来事でした。
さて、昨日のファイターズの試合。もちろん清宮の守備とか、矢澤の後一歩追いつけなかったセンターフライとか、色々ありますけど、6回の中川による逆転3ラン、これに尽きます。「ここを抑えたら勝つ」という勝負どころで一番悪い結果が出たら、なかなか勝てるものじゃありません。オリックスにホームで三連敗を喰らうというなかなかタフなはじまり方をした今シーズン。今週は1勝4敗と苦しい戦いになりましたが、長いシーズンこういうこともありますよ。