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小島は責められないですよね?〜僕のファイターズ大航海日誌 #21
成瀬英樹
成瀬英樹
4月27日 12:55

「今日は、小島は責められないですよね?」

 

試合が終わったあと、僕はいつものように新札幌行きのバス停に並んでいた。満員のデイゲーム。ヒーローインタビューが盛り上がっている隙に、うまく列に滑り込めたので、思ったよりも待たずに乗れそうだった。そうだな、20分くらいでバスに乗れるだろう。そんなふうに考えていたときだった。

 

「今日は、小島は責められないですよね?」

 

そう話しかけてきたのは、マリーンズの帽子とユニフォームを身にまとった、二十代半ばくらいの青年だった。リュックを背負ったその青年は、僕の顔を一瞬じっと見たあと、慎重に声をかけてきた。きっと、話しかけてもいい人なのかどうか、考えたんだろう。

 

僕も、バスを待つあいだ少し退屈していたので、うなずいて話に応じた。

 

「いや、小島は本当に素晴らしかったですよ」

「そうですよね。小島は責められない」

 

それにしても──彼は続けた──

「今日の試合は、なんといっても初回の岡のボーンヘッドですよ。なんであれ、飛び出しちゃったんですかね」

 

「僕も驚きました。万波のポジショニングが良かったって言えなくもないですけど、それでも、あそこは打球が落ちてからのスタートでも間に合いましたよね」

 

そう。結果的に、あの岡のミスが、今日のすべてだった。

 

そんな話をしていると、後ろに並んでいた六十代後半ぐらいのご夫婦の奥さんの方が、話に割って入ってきた。

 

「岡はいいのよ。ファイターズにもいたんだから。がんばってるじゃないの」

 

「もちろん岡はいい選手です。でも今日は……ボーンヘッドでしたね」

 

「そういうときもあるわよ。岡だって必死なのよ」

 

「そうですよね。去年もオールスターに出ましたしね」

 

僕がそう返すと、奥さんは嬉しそうにうなずいた。

 

「ファイターズにいた人は、みんな応援しちゃうわね」

 

ほんとうにそう思う。

 

「それにしてもロッテ、強いですよね」

 

「ほんとよ、ねえ」と奥さん。

 

たしかに、今日も七回に野村が同点ホームランを打つまでは、まったく勝てる気がしなかった。このまま負けるか──そんなふうに思っていた。

 

「七回に、小島が突然乱れちゃいましたよね」とマリーンズファンの彼が言った。

 

「少し球が浮いたのかな。野村にはストレートを、左翼へ──あれは対空時間の長い、まさに四番打者のホームランでしたね」

 

「本当に長かったよね」

 

マリーンズファンにとっては苦しい瞬間だったろう。でも、奥さんが後ろからすかさず言った。

 

「たまには勝たせてよ」

 

その後のレイエスの一発も、効いた。

 

「これでレイエス、目覚めちゃうかもね」

 

奥さんはイタズラっぽくそう言った。

 

「そうなったらいいですね」

 

レイエスは、決して不調というわけではなかった。なかなか結果に結びつかないだけだった。今日のこの一発が、復活のきっかけになればいい──僕はそんなふうに思っていた。

 

「ファイターズはブルペンも良かったですよね」と彼が続けた。

 

河野、田中正義。この二人は万全だ。

 

「強いチームですよね」

 

「いやいや、マリーンズも本当に強いですよ。僕は監督の吉井理人さんのファンだから、マリーンズの野球にはすごく興味があるんです」

 

そんなふうに話しているうちに、バスの順番が来た。彼が先頭、僕が二番目にバスに乗り込む。

 

彼は運転手に障害者手帳を見せ、そのまま一番前の席へ。僕も続いて通路を挟んだ席につくと、彼が隣に座ってきた。まだ、もう少し話したいのだろう。

 

「いやー、ここのところ、ブルペンが大事なところで打たれたり、投手交代のタイミングがズレたり……そんな試合が多かったので、今日もドキドキでしたよ」と僕は言った。

 

「たしかに、古林の浅村に打たれた一発、大きかったですよね」

 

彼は本当に野球が好きなんだな、と思った。マリーンズファンなのに、ファイターズのことにも詳しい。

 

「あのときの古林は責められない。初回の清宮のエラーから、全部始まりましたもんね」

 

──すごいな。僕は毎試合観ているから覚えているけれど、彼は違う。それでもこんなに細かいディテールまで知っているなんて。本当に、心から野球が好きなんだ。

 

「ロッテとは、また今年も楽しい戦いになりそうですね」

 

「僕も、明日行きます」

 

「僕も、行きますよ」

 

バスが新札幌駅に着き、彼は一番に立ち上がって降りた。僕は隣の老夫婦に先を譲り、そのあとに続いた。右側のガード下の方を見ると、彼はもう小さくなっていた。リュックを揺らしながら、早足で歩く後ろ姿が見えた。

 

桜は未だ咲かずとも〜僕のファイターズ大航海日誌 #20
成瀬英樹
成瀬英樹
4月26日 23:04

エスコン・フィールドの高い屋根の下、球場内には清らかな光が満ちていた。まだ春浅き四月の北海道。その広がる蒼穹に誘われるように、私と妻はまたここへやってきた。札幌ドーム時代から変わらぬ思いでファイターズを応援してきたが、このエスコンも三年目を迎え、いつの間にか私たち老夫婦の暮らしに溶け込み、心の拠り所となっていた。
 

これまでは外野席のシーズンシートを購入していた。しかし今年は、もっと自由に、気ままに、さまざまな席から試合を眺めたいと思った。その日の気分で場所を選び、球場の異なる表情を味わうのも、また一つの贅沢ではないか。昨日は一階ライトスタンドの後方、通路際にある二つ並びの席に腰を下ろした。
 

前方のいつもの席に、黒縁メガネの男性が静かに腰掛けていた。先日、偶然隣り合ったことがきっかけで、以来自然と挨拶を交わすようになった方である。彼は膝にタブレットを置き、電子ペンで淡々とスターティング・メンバーを書き記していた。彼のおだやかな佇まいに、私たちは親しみ以上のものを覚えていた。
 

「なかなか、調子が上がりませんね」と声をかけると、彼はにこやかに微笑み、「今日は北山、期待しましょう」と穏やかに返してくれた。
 

北山亘基投手──昨年、彼は眩しいほどの成長を遂げた。小柄な体躯から繰り出される剛球には、誰もが驚かされた。ドラフト八位という下位指名の出自をものともせず、堂々と先発ローテーションに食い込んだその姿は、まるで『ドカベン』の里中智を思わせる"小さな巨人"そのものである。
 

エスコン・フィールドは、試合のない日も入場することができる。誰もいないスタンドを背に、ただひたすらに投げ込む北山の姿を、私と妻は幾度となく見かけた。乾いた音が、ひとつ、またひとつ、空に吸い込まれる。努力とは声高に誇示するものではなく、こうしてひたむきに積み重ねられるものなのだと、その背中は静かに語っていた。
 

試合は、劇的な幕開けを迎えた。初回ファイターズの攻撃。一番打者に起用された淺間が、初球を叩き、先頭打者ホームランを放った。スタンド中が歓喜に包まれ、私も思わず立ち上がった。黒縁メガネの彼もこちらを振り返り、うれしそうに微笑んだ。
 

だが、勝利への道は、決して平坦ではなかった。マリーンズの先発「ボス」は冷静に立ち直り、ファイターズ打線を次々と封じ込めていった。結局ファイターズの得点はこの一点だけだった。
 

北山も懸命に投げ抜いた。六回を終えて、許した得点はわずか一点。しかし同点で迎えた七回、その均衡はわずかなほころびから崩れた。
 

一死後、振り逃げで出塁を許し、さらに北山自身の二塁への悪送球が重なって、一、三塁の危機を招いた。そして、マリーンズはスクイズを成功させた。流れは静かに、しかし確実にマリーンズ側へ傾いていった。
 

結局、最後までファイターズ打線は、マリーンズの豊富なブルペン投手たちを前に沈黙を破れず、悔しさの残る敗戦となった。「まあ、こういう日もあるよね」と、私は妻と顔を見合わせ、小さな笑みを交わした。
 

球場をあとにしながら、再び黒縁メガネの男性とすれ違った。「北山、惜しかったですね」と彼は言った。「でも、ミスは誰にでもあります。また明日、応援しましょう」その声に、私たちも静かにうなずいた。
 

バス乗り場へ向かう道すがら、夜風は鋭く頬を刺した。吐く息は白く揺れ、足元の影さえ震えていた。春とは名ばかり、北国の夜はまだ冬の名残を色濃く宿していた。ポケットに手を押し込みながらふと見上げると、街路樹の梢に並んだ桜の蕾は、固く閉じたままだった。咲き誇るには、もう少し時間が必要なのだろう。試合の余韻と、まだ訪れぬ春の気配を胸に抱えながら、私たちは静かにバスを待った。

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成瀬英樹
成瀬英樹
4月25日 11:01

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清宮くん...サード、向いてないのかもしれない...〜僕のファイターズ大航海日誌 #19
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成瀬英樹
成瀬英樹
4月24日 13:05

昨日の試合、私は本当に楽しみにしていました。
 

何よりの理由は、先着1万人(だったかしら?)に清宮幸太郎くんのTシャツが配られるということだったの。あの子は、私の大好きな選手なのです。先日も万波くんや伊藤投手のTシャツが配られた日がありましたけれど、その日はどうしても仕事が終わらなくて、球場に着いた時にはもうすべて配布が終わっていたの。帰り道のさみしさといったらなかったわ。あの日の悔しさを晴らすために、昨日はなにがなんでも早く仕事を切り上げて、開場時間を目指してエスコンフィールドへと向かいました。
 

入り口で、念願のTシャツを手に取った瞬間、思わず胸が熱くなりました。ふふ、いいトシをして私、こんなことで喜んでしまうなんて――なんて思いながらも、清宮くんらしいポップな図案のTシャツをしっかりと抱えて、席へと向かいました。
 

私は今年から、ライト外野席のシーズンシートを買ったのです。去年、何度かひとりで試合を観に行くうちに、この球場で過ごす時間が、少しずつ特別なものになっていったんです。ひとりきりでも、こんなに心を動かされる場所があるんだなって。たとえば試合前、グラウンドでキャッチボールをする選手たちを静かに見守る時間――そんな風景が、いつしか私の心に深く刻まれていったのです。だから今年は思いきって、ちょっと奮発してみました。全部の試合に行けるわけじゃないけれど、行けない日はリセールもできるし、週に2、3回は通っています。ライトスタンドに決めたのは、左打ちの清宮くんのホームランがこの方向に飛んできたらなって……そんな夢を見たいから。
 

昨日も、私の前の席には、いつもの「見慣れた方」がいらっしゃいました。50代半ばくらいかしら。少し白髪まじりで、黒縁のメガネをかけ、ダンガリーシャツを着ている男性。彼はタブレットを小脇に抱えて席につくと、試合開始と同時に静かに画面をタップしながらスコアをつけ始めるのです。私はひそかに「タブレットスコアおじさん」と呼んでいます。無口だけれど、なんとなく感じがよくて、いつも黙々と試合を見ている。昨日もまた、その姿がありました。
 

さあ、試合が始まります。台湾から今年鳴物入りでファイターズにやってきた古林(グーリン)投手の初登板。どんな投球を見せてくれるのかしらと、胸が高鳴りました。しかも清宮くんも2番スタメン! わくわくしながらプレイボールを迎えたんです。
 

……けれど、試合は思わぬ展開で始まりました。
 

グーリンくんはいきなり四球で走者を出し、盗塁も許し、そこから浅村選手にヒットを打たれて1、3塁。ここから味方のミスが続くのです。キャッチャーの吉田くんがパスボール。そして清宮くんの……痛恨のエラー。胸の奥がひやりとして、手にしたタオルを無意識にぎゅっと握りしめていました。清宮くん、サード、向いてないのかもしれない…
 

初回に3点を失いながらも、まだ序盤、望みはあると思っていました。清宮くんが4回にライト前にチーム初ヒットを放ち、続く淺間くんもヒットで続いて、そして新4番の野村くんがライトへいい当たりのライナー。ライトの選手の見事なファインプレイ!

あ!……清宮くんが2塁から飛び出している! 痛恨のダブルプレー。ここで、流れが完全に切れてしまいました。清宮くん、どうしちゃったのかしら....
 

その後、奈良間くんと吉田くんが意地の一発を見せてくれたけれど、楽天打線の勢いには太刀打ちできず、8対3。完敗でした。
 

実は先日、延長戦になった試合で、明日の仕事が気になって途中で帰ったら、なんと延長12回裏に郡司くんがサヨナラホームランを打っていたの。家でニュースを見て、悔しくて悔しくて。だからこそ、昨日は「最後までいよう」と思っていたのだけど……さすがに7点目を取られた時点で、私の心も折れてしまいました。
 

帰り際、少しためらいながらも、思いきって「タブレットスコアおじさん」に声をかけてみました。こんな風に話しかけるのは初めてだったけど、この悔しい気持ちを少しでも分かち合いたくって。

「今日は、帰りますね」

すると彼、ふっとメガネ越しに微笑んで、こう言ったの。

「今日は……確かに帰ってもいいですよね!」
 

その瞬間、張りつめていた気持ちがふっと緩みました。ずっとひとりで観てきたけれど、誰かと少しでも心が通じ合えたような、そんな気がしたのです。不思議なもので、そのひとことに、ずいぶんと救われた気がしたの。あの人も、きっとシーズンシートなのね。これからも、ずっと同じ時間を共有していくのかしら。なんだか、心が少しだけ温かくなりました。

また次の試合も、清宮くんのTシャツを着て、ライトスタンドで応援します。

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ありがとう芸能生活28年〜僕のファイターズ大航海日誌 #18
成瀬英樹
成瀬英樹
4月23日 15:02

今日4月23日は僕のデビュー記念日。芸歴28年を重ねました。

その年数が長いのか短いのか、自分でもとんとわからなくなっているほどに、毎日が慌ただしく過ぎて行きます。が、中学2年の時に『ビートルズ/抱きしめたい』の啓示を受け、「音楽家になる!」と志したあの頃の未来に曲がりなりにも立っていられていることに、心から、ご縁があったすべての人に感謝しています。29年目も「成瀬英樹」をまっとうすべく、全力でがんばりますからね! 応援よろしくお願いします。

さて、先週は東京へ出張に行ってきました。この仕事で大切なのは「機密事項」を漏らさないこと。どんな音楽家でも、一旦「プロ」の門をくぐったなら、ありとあらゆる「機密事項」を守らなくてはいけない。「昨日どこそこで誰に会って何をした」――そのこと自体を丸ごとシークレットにしたい場合だってあるんですね。先週の前半はそんなタイプの場所に行って、みんなには言えないタイプの刺激を受け、SNSにはあげたくないような、心が静かに震えるような感激をもらいました。初夏にかけて、「成瀬英樹」の作家クレジットで、また素敵な作品を何曲か聴いていただけそうです。歌詞だって書いたんだよ。
 

この春から作曲のパートナーとして一緒にいろんな曲を作ってる音楽家・石崎光さんの自宅スタジオにも伺ってきました。「発注された音楽」もシャキシャキ作って行きたいオレたちだけど、自分たち発信で「ご機嫌なポップス」を提示していくことも続けたいじゃない? 光さんのようなプロフェッショナルと一緒に作品を作らせてもらえることに感謝しつつ、もっと「自分たちがリスナーとして本当に心を揺さぶられるような音楽」を形にしていきたいなって思ってます。完成なんてないね。毎日が挑戦。今、光さんと作ってる作品も、ビシバシリリースして行くからね!
 

そして、井上ヨシマサ先輩のライブに伺えたことが、今回の東京出張(いわば“東京Days”)のハイライト。「生バンド&アダルトなリアレンジ」で蘇る「ヨシマサさん作48グループ」名曲の数々。ゲストの横山由依さんと柏木由紀さんとのコラボレーションも◎
 

ゆいはんの歌う『RIVER』、ゆきりんの『カラコンウィンク』、美しく甘酸っぱいメロディに胸がキュンキュン鳴りました。ヨシマサさん歌唱では『僕の太陽』『泣きながら微笑んで』の2曲での、ヨシマサさんのギター&ボーカルがかっこよかったですねえ。しびれました!
 

さて、そんな日々を経て、昨日22日は一週間ぶりのエスコンでの試合。ファイターズは郡司、田宮の「打てる捕手コンビ」が、それぞれサード、レフトでスタメンというまたまた「ザ・新庄采配」だったんだけど、郡司はホームラン、田宮は大飛球好捕で、それぞれ期待に応えました。素晴らしいね。万波も技ありのホームランがあったし、伊藤大海も立派に先発の役割を果たした。接戦でセットアップのピッチャーが連続ホームランを喰らったら勝てない。ただただそれだけ。そんな日もあります。
 

ちなみに、スコアブック用のiPadも、杉浦の痛恨の被本塁打のあとにバッテリーが切れてしまい、そのまま記録を中断しました。こういう出来事も、あとから効いてくるんだよね、うん。
 

さ、今日は古林(グーリン)のデビュー戦! 勝ちましょう!