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1984年。僕は海沿いの街、兵庫県明石市の高校に入学した。 教室の窓から海が見えることと、伝統だけが自慢の公立高校だ。
僕がアコースティック・ギターを手にしたのは中学一年の時で、ビートルズの『抱きしめたい』を聴いて音楽で生きていくと決めたのが中学二年、「ミュージック・ライフ」の「売ります・買います」欄で安物のエレクトリック・ギターを買ったのは中学三年の時だった。受験勉強なんてこれっぽっちも興味がなかったから、そのぶん時間を惜しむようにギターを弾く僕を見て、両親は本気で心配していたはず。
そして高校に入ればすぐにバンドを組んで、派手なスポットライトを浴びるものだと、僕は信じて疑わなかった。本気でそう思ってた。
だけど、現実は僕の予想とはまるで違う形をしてたんだ。時代はヘヴィメタルの全盛期だったからね。同級生で楽器が弾ける連中はみな、ヘヴィメタに夢中だった。でも笑っちゃうのは、うちが厳格な公立高校だってことでね。髪を伸ばすなんて許されるわけがない。みんな耳が出るくらいに短く刈り込まれてる。それなのに、連中は脳内ロングヘアのロックスター気取りで、教室の隅で激しく頭を振ってるんだ。丸刈りやスポーツ刈りの頭で、エア・ギターをかき鳴らしながらね。まったく、あれは音楽っていうより、奇妙なスポーツに近い光景だったな。
一方、僕は違ってた。僕は中学時代にビートルズやストーンズ、あるいはボブ・ディランの洗礼を受けてたし、アズテック・カメラやスタイル・カウンシルといった英国の新しいロックに参ってたんだ。右も左もメタル信者ばかりの教室で「スタカンをやろう」なんて提案するのは、ステーキハウスで冷奴を注文するようなもんだよ。僕は、その場所において完全に浮いた存在だったってわけさ。
そんな時期に、僕はショウと出会った。彼は山の手にある私立の名門校、聖洋学院に通っていた。明石の中学からそこを受験し、難関を突破したばかりだった。 ショウは僕にとって、別の種類の生き物みたいに見えた。聖洋学院の生徒たちは自由でおおらかで、通学も私服だった。おまけにリッチな家庭の子が多くてさ、高校生の分際で生意気にも高価な楽器を所有してたりするんだよ。そして認めるのは癪だけど、演奏の技術も高かったんだよな。
ショウは歌がうまかった。そして、ビートルズをがむしゃらに愛していた。中学の頃は吹奏楽部でベースを担当していたショウは、もちろんポール・マッカートニーの大ファンだった。僕はジョン・レノン原理主義者だったから、一緒に何かやるにはいいコンビだと思ったんだ。
彼の家は、明石川のそばで小さな駄菓子屋を営んでた。店先には色のどぎついガムや、粉っぽいスナック菓子が並んでて、いつも近所の子供たちが小銭を握りしめて集まってくる。僕も学校が終わると、その駄菓子屋の奥にあるショウの部屋に入り浸った。 六畳ほどの彼の部屋は、僕たちの聖域だった。そこで、レコードが擦り切れるまで聴いたり、ギターを弾いたり、とりとめのない話をした。世界がどうなってるかとか、女の子の心の中がどうなってるかとか、そういう答えの出ない話さ。
ショウの母親は、僕のことを快く思ってなかったみたいだ。 僕が店先を通って奥の部屋へ向かおうとすると、彼女が棚を拭く手がぴたりと止まるのが気配でわかる。まるで伝染病の媒介者でも見るみたいな背中さ。「あの公立の子と付き合うと、ろくなことにならへん」。直接言われたわけじゃないけど、止まったままの手がそう語ってたよ。大事な聖洋学院の息子が、どこの馬の骨とも知れない男にそそのかされて、悪い道へ引きずり込まれていく。彼女にはそう見えてたんだろうね。僕はその視線を感じるたびに、自分が薄汚れた異物になったような気がしたんだ。
ある雨の午後、僕たちは部屋でビートルズの『ラバー・ソウル』を聴いてた。窓の外では雨が川面を叩いてて、湿った風が古い畳の匂いを運んでくるような日だった。レコードはB面に進んで、『In My Life』が流れる。ジョン・レノンのノスタルジックな歌声が部屋を満たしていく。そして曲の最後、あの儚く美しいピアノの間奏が終わって、エンディングに向かう瞬間さ。ショウはそこに合わせて、完璧なファルセットで声を重ねた。僕は息を呑んだよ。それはレコードから流れる音と寸分違わず、いや、それ以上に透明で、まるでガラス細工みたいに繊細な響きを持ってたんだから。
「どうやるんだ?」 僕は思わず尋ねた。「その高い声、どうやったらそんなに綺麗に出るんだよ」
ショウは少し照れくさそうに笑って、自分の喉元を指差した。「力んだらあかん。喉の奥を開いて、頭のてっぺんから声抜くイメージや」。彼は僕に向かって、何度もそのコツを教えてくれた。僕たちが二人で、男のくせに高い裏声を張り上げてる光景なんて、店番をしてるあの母親からすれば、僕がいよいよ大事な息子をおかしくしちまったとしか思えなかっただろうね。でも、ショウは惜しみなくその技術を僕に授けてくれたんだ。「そう、それや。今の響き、ええで」。ショウは僕がその感覚を掴むと、自分のことみたいに喜んでくれた。
でもさ、僕は同時に、決定的な敗北感も味わってた。僕が必死に筋肉の使い方を意識してようやく出す音を、ショウは何の苦もなく、ただ空気を吸うみたいに出してしまえるんだから。「簡単や。音がそこに置いてあるから、それを拾うだけや」。彼はそう言った。彼にとって音楽ってのは、努力して構築するものじゃなくて、空気中に漂ってるものを捕まえる行為に過ぎなかったんだ。
愚かな僕もそろそろ悟らざるを得ないじゃないか。ギタリストとしての指の速さじゃ、ヘヴィメタルの連中には敵わない。歌の才能じゃ、ショウには勝てない。ならば、曲作りだ。そこであれば、勝機はあるかもしれないって思ってさ。だから僕は貪るように音楽を聴いて、コード進行を外科医みたいに解剖して、曲作りの方程式を探り当てようとした。
だけどさ、僕の書いた曲をショウが歌うと、何かが違ってたんだ。どこもしっくりこないんだよ。まるでサイズの合わない服を無理やり着せてるみたいな、奇妙な違和感があった。僕は気づいたんだ。歌唱技術がどうであれ、自分で作った歌は、自分自身の声で歌われるべきなんだって。たとえそれが、ショウみたいな天使の歌声じゃなくてもさ。
「お前はな、ちょっと考えすぎやねん。もっと気持ちよう歌うたらええのに」
ショウはかつてそう言った。その言葉に悪気がないことを、僕は知ってたよ。だからこそ、その言葉は鋭利な刃物になって僕のプライドを切り裂いたんだ。 ショウとビートルズを歌った時間は楽しかった。彼に教わったファルセットの出し方は、僕の喉に確かに残ってたしね。ただ、彼はあくまで、ビートルズが好きだった。ビートルズだけが、好きだったんだ。
僕が求めてたのは、心地よいだけの音じゃない。自分の内側にある歪な感情や、言葉にならない叫びをアップ・トゥ・デイトな音楽にすることだったんだ。ビートルズだってそうやってるじゃないか。表層だけ真似てもしょうがないだろって思ったんだよ。
プロを目指すための「本気のバンド」を組む相手として、ショウは適切じゃない。僕たちは、ジョンとポールにはなれなかったんだ。
バンドを失った僕が、あちこちのセッションに顔を出してた頃、かつてのライバルだった聖洋学院のバンドから声がかかったんだ。「ボーカルをやってくれないか?」と。冗談じゃない、と僕は思ったよ。自分は歌が下手なんだから。僕は断ったけど、彼らはどうしてもと食い下がった。「わかった。その代わり条件がある」。僕は言った。「僕のオリジナル曲を演奏してくれるなら、歌ってもいい」。彼らはその条件を受け入れた。
こうして僕は、そのバンドに参加することになったんだ。バンドの名は「The Riot(ザ・ライオット)」。僕のささやかな革命は、1984年のその場所から、静かに始まろうとしてたんだよ。
(続く)
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BINGOメンバーの皆さんへ
日頃よりBINGOへの熱いご支援をいただき、本当にありがとうございます! 皆様のおかげで、今年はBINGOにとって大きな飛躍の年となりました。
その感謝の気持ちを込めて、来る12月7日に、ささやかながらオフ会を企画しました。 ビートルズを愛する仲間たちと、今年一番の楽しい時間を共有したいと思います。
題して… 『The Beatles Lovers Only~タイムマシンなんていらないズがやって来る!BEEP! BEEP! BEEP!』
🎸 イベントの趣旨 今回の集まりは、いつものライブハウスでのステージとは一味違います。 楽器やお飲み物が楽しめる落ち着いた空間で、メンバーの演奏(セッション)を間近で楽しみながら、皆さんとゆっくりご歓談いただく「アットホームなパーティー」です。
曲の合間には、ぜひメンバーとビートルズ談義に花を咲かせましょう!
【出演メンバー】 ▼前半(初期曲中心) 成瀬(ジョン役)、キソエムさん(ジョージ役)、北道さん(ポール役) そしてドラムはなんと、The Shakesの伴慶充さんが叩いてくださいます!
▼後半........
今日は特別な音源を公開した。僕のバンドFOUR TRIPSの、2000年の未発表曲『神戸珈琲物語』のAIを使用したカヴァーだ。ボーカルは、当時のデモテープに残っていた「aiちゃん」の声をAIで抽出し、丁寧にエディットして仕上げたものだ。 いわば、ビートルズが新曲『Now and Then』でジョン・レノンの声を蘇らせたのとまったく同じ手法である。
AIだからといって、ボタンひとつで音楽が出来上がるわけではない。
確かに、押せば「それっぽい何か」はすぐ出てくる。だから最初はみんな喜ぶ。そして、驚くほどすぐに飽きる。なぜなら、それだけでは「作品」にはならないからだ。
それでも僕は今、AIという技術に全振りしようと思っている。
テクノロジーの発展は、決して逆行しない。 今はまだ発展途上だ。だから少し触って「なんだ、使えねえや」と投げ出す人も多いだろう。それはそれでいい。あなたがやめてくれれば、ライバルがひとり減るだけの話で、こちらとしては正直ありがたい。
僕は今、AIにしかできないことを見極めるための、大がかりな実験期間にいる。 振り返れば、僕たちはいつだって実験しながら前に進んできたのだ。
僕は13歳からギターを弾き、独学でプロになった。その歴史は、目の前に現れる「新しい技術」との格闘の歴史でもある。
中学生の頃、高価な録音機材なんて買えなかった。 だから、二台のカセットデッキを並べて悪戦苦闘した。一台で録った音を再生しながら、もう一台で別の音を重ねて録音する。いわゆる「ダビング」だ。重ねるたびに音は遠くなり、ぼやけ、劣化していく。 それでも、複数の音が重なり合ったそのカセットテープは、市販のヒット曲よりもずっと愛おしかった。
高校生になり、タスカムのカセット式MTR「ポータワン」を手に入れた時の衝撃は忘れられない。アルバイト代を握りしめて買ったその魔法の箱は、トラックをまとめて空きを作る「ピンポン録音」ができた。 ただし、一度ピンポンしたら、音のバランスはもう二度と戻せない。不可逆の作業だ。 60年代、ビートルズがあの傑作群を4トラックで録っていたことを思えば、当時の僕らがその工程を避けて通れるはずもなかった。
だから僕は、昨今の「カセットテープ復権」の話を聞くたびに、つい言ってしまう。 「冗談じゃない」と。
あの劣化と闘い続けた世代が、心からカセットに戻りたいと思うことなんてない。アナログレコードの温かみとは事情が違うのだ。あのノイズと不便さは、僕らにとって戦場だった。
90年代後半、RolandのハードディスクMTRが登場し、僕らはようやく音質劣化の呪縛から解き放たれた。 デビューが決まり、潮目が変わり、契約が切れる予感が漂う中でも、僕らはその機材にしがみついて曲を作り続けた。Zipディスクにデータを落とし、ドラムのデータをやり取りする。今で言うファイル共有の走りだ。
そして2000年代、PCでのレコーディングが当たり前になった。 波形を目で見て、切って、貼る。パンチイン録音の、あの胃が痛くなるような緊張感は消えた。トラック数は無限になり、ピッチ補正で歌さえ直せるようになった。
そしてついに今、AIが登場した。
音楽を作るという営みは、いつの時代も「与えられた道具をどう使うか」という自分との対話だった。 カセットデッキでも、PCでも、AIでも、その本質は変わらない。道具が便利になったからといって、作る苦しみや喜びが消えるわけではないのだ。
だから僕は、AIを前にして戸惑いながらも、やはり向き合っていく。 それが、ソングライターという生き物の性分だからだ。
先日、あるインタビュー記事を読んで膝を打った。 敬愛する佐野元春さんが、こう発言していたのだ。
「僕が十五歳なら、AI音楽生成アプリを手当たり次第にダウンロードしている」と。
憧れの人と意見が一致したのは、震えるほど嬉しかった。 実は僕も先日、作曲を始めたいという若い人に、こんなアドバイスをしたばかりだったのだ。
「ギターなんて練習しなくていいから、死ぬほど音楽を聴いて、AIで曲を作ったらいいよ」
僕たちがカセットデッキで遊んだように、今の君はAIで遊べばいい。 新しいおもちゃを手にした子供のように、僕たちはまた、音楽の新しい扉を開けようとしている。
おはようございます!
大変充実した東京出張から北海道に帰ってきまして、昨日はまた人生の大一番に立ち会ってきました。感激しました。早くどかーんとみんなに発表したいところです。
そんなわけで、メンバーのみんなには動画をお裾分けします。そして、昨日の「B1グランプリ」の振り返り配信もやっていきますよ。日曜だろうが関係なく、「成瀬英樹」は24時間営業です。
Suno AIの進化が
未来の音楽の地図を
しずかに確実に
書き換えてしまった
けれど僕は怖くない
むしろ 新しい扉が
開かれたような
そんな気さえする
誰もがソングをライトする
僕は 著作権に忠誠を誓いながら
音楽を作る喜びだけを抱きしめて
AIと作曲するためのレジュメを書いた
それは新しい地図
BINGOの仲間に手渡すと
みんな笑顔になって
いつのまにか
自分の足で歩き始めたんだ
霧の向こうに
細い光が一本
そっとあらわれるように
けれど
AIはときに
迷いも運んでくる
その迷いを分ける理由は
音楽の本質に触れる場所にあって
ここではまだ言葉にできない
マジックのタネは大切に
ボスはいつも僕に言った
AIについて語るたくさんの動画
どうして誰も
簡単なことに気づかないのだろう
そう思うと 微笑んでしまう
灯台、もと、くらし
結局は本質をつかめるかどうか
それだけなんだと思うんだ
AIが進化して
誰もがソングをライトする
それはすばらしいこと
これから作曲を始める人には
僕は迷わず言います
AIを研究したほうがいいですよ と
ピアノも
ギターも
DAWさえ
要らなくなる時代が
もう来るんです
じゃあ 必要なのは…
「AIより人間味だ」と
そう言う人もいるでしょう
けれど僕は思うのです
AIに奪われてしまうほどの
人間味しか持っていなかった人から
時代はそっと
手を離していくのだと