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走れ! イソバタ!〜僕のファイターズ大航海日誌 #28
メンバー クリエーターズ 成瀬英樹ゼミ 〜プロ作曲家養成〜 成瀬英樹ゼミ 分割プラン 旧プロ養成コース
成瀬英樹
成瀬英樹
5月14日 21:15

平日の昼間にプロ野球が見られるなんて極楽だよな。ナイターは翌朝しんどい歳になっちまったからな。仕事の方は今日から3日間、親方に言って休みをもらった。「おうおう、首位攻防戦だってのに、仕事なんてしてる場合じゃないよな」って、親方も気持ちよく休みをくれたよ。まあ、オレなんてアテにされてないってことなんだろうけど。
 

平日の午後プレイボールにもかかわらず、エスコンは大盛況だ。道内の小中高生が課外授業で来てんのもあるし、シルバー世代にも優しい時間設定だからな。先輩たちはほら、夜も早かろうてよ。しかしまあ、ほんとにファイターズって球団は、いろいろうまいこと考えるもんだといつも感心させられるよ。
 

伊藤大海の登板日には、外野席を取るといいよ、と「満里奈似」が言ってたのを思い出したから、オレは今日、ライトスタンドの10列目、通路側の席を取った。満里奈似は「ちょっと早めに来るといいことあるわよ」とも言ってたから、少し余裕をもって席に着いたんだ。オレはいつもなら試合開始ギリギリに滑り込むタイプなんだけど。
 

試合開始の20分ほど前に、伊藤大海はオレが座るライト外野席の目の前でキャッチボールを始めた。キャッチャー役のコーチがライトポール際に立ち、伊藤大海は最初、ライトの守備位置あたりから投げてたんだけど、徐々にレフトポール方向へ距離を伸ばしていった。一球投げるたびに何メートルかレフト方向に歩いてく。途中からグローブを持った第三の男が現れて、キャッチャーからの返球を中継するようになる。コーチの肩じゃ届かないくらい、伊藤大海は遠くに行っちゃってたんだ。
 

遥かレフトポール近くから投げられた伊藤大海のボールは、弾丸みたいに一直線にこっちにいるキャッチャーに届く。「ズドン」ってね。ボールは中継役を通じてレフトにいる伊藤大海に戻され、また「ズドン」がこっちに来るんだ。それが何度か繰り返される。
 

キャッチャー、第三の男、大海、ズドン。キャッチャー、第三の男、大海、ズドン、ってな具合にな。ズドンが決まるたびにスタンドから拍手が起こる。エスコンの観客はマジで野球をよく知ってるんだ。
 

満里奈似が言ってた「いいこと」ってのはこの「遠投ショー」のことだったか。こいつは確かにすげえや。いや、あんな遠くからだって「ズドン」なわけだから、近くからこんな球投げられたバッターは、そう簡単に打てないはずだよな。
 

で、今日のオリックス先発の久里って投手は、いつも鬼のような顔してややこしい球を投げやがる。ファイターズは今年完全にカモにされてたんだけどさ、3回に石井と五十幡のコンビで1点もぎ取ったんだよ。
 

伊藤大海の方はもう完全にファイアーよ。5回終わって三振が6つズドンの無失点。ビールを何杯かひっかけたオレは気が大きくなって、いつものエスコン内の飲み屋街「七つ星横丁」で日本酒キメようとコンコースを歩き出したところで、満里奈似からLINEが入った。今日は一塁側の内野席のハイカウンターで立ち見してるから、一緒に観ないかとの誘いだった。「ここからだと大海の球筋がよく見えるの」とのことだ。そりゃ断るわけないさ。
 

「おう、満里奈似」
「何よ、それ」
「平日のデーゲームだってのに、仕事はいいのかい?」
「そんなのなんとでもなるのよ」
 

彼女とは先週ここで知り合ったばかりだ。万波が「満塁ホームラン返し」をした日にエスコン内の寿司屋のカウンターで酔っている時に意気投合してLINEを交換した。お互い名前すら知らない。歳はいくつくらいだろうな、オレよりはずいぶん年下だろうが、ユニフォームを着ている女ってのは、数割増しで若く見えるからな。少し横顔が渡辺満里奈に似ていなくもない。だから心の中で「満里奈似」と呼んでたんだが、うっかり声に出しちまった。彼女、今日は「ISOBATA 50」を着ている。
 

「五十幡がキーになると思うの」と満里奈似は言う。五十幡の「足」はファイターズには欠かせないんだから。「中学時代にサニブラウンに勝った」ってのは伊達じゃないのよ。盗塁だけじゃなく、そのエグい守備範囲を見ても、新庄監督じゃなくてもスタメンで使いたいって思うわよね、などとまくし立てる。
 

伊藤大海はピンチを迎えるたびに、三振で回を締め括るエースのピッチング。この日は2度、三振を取った際に大きく吠えた。「ウォー」という声が2階席まで聞こえてくる。「大海が吠えるときは速球を投げるんだけど、久里はウォーって吠えながら緩い球投げるのよね」と満里奈似。
 

1-0の僅差を保ったまま7回裏ファイターズの攻撃中に事件は起こった。清宮、万波、石井の3連続安打でワンアウト満塁。8番伏見が貴重な追加点のタイムリーで1点追加の2-0。打席は五十幡だ。

「スクイズあるわよ」
「満塁だぜ?」
「満塁だから、よ。こういうのは『ない』と思ったところでやるものよ」
 

そんなものかなと思った瞬間、3塁ランナーの万波がホームにスタートを切った。
「来たわよ!」
 

五十幡のバントは強すぎた。久里はマウンドを駆け降りうまくグラブに収め、そのままホームにグラブトスをしようとしたがボールが出てこない。万波がホームイン。久里は急いで1塁にボールを投げる。満里奈似が叫ぶ。
 

走れ! イソバタ!
 

風のように1塁を駆け抜けた五十幡。奇襲成功にエスコンフィールドの観客が快哉を叫んでる間に、猛スピードで2塁ランナーの水野もホームに滑り込んでいた。2ランスクイズ成功だ! オレも50年くらい野球を見てるが、こんなに鮮やかな攻撃を見たのは生まれてはじめてだった。



久里の顔は完全にノックアウトされたボクサーのようだった。ただ唖然と立ち尽くしていたが、オレだってそうだ。目の前で起きたあっという間の出来事に興奮しすぎて、オレはその場にへたりこんでしまっていた。うしろで見ていたビールの売り子に生ビールを二つ注文して、オレと満里奈似はベースボールの神様に乾杯したんだよ。

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古林、マダックス達成!〜僕のファイターズ大航海日誌 #27
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成瀬英樹
成瀬英樹
5月13日 9:49

「こんにちは!」

「あら、こんにちは! どこにいたの?」

「いや、グーリンの球筋見たくて、ネット裏あたりをうろうろしてました」

「そうなのね、吉田のホームランは…」

「はい、しっかり見ましたよ! 豪快でしたね」

「先頭打者ホームラン、しかも初球ってね」

「吉田、見事に新庄さんの起用にこたえましたね!」


 


「それにしても、昨日の万波はすごかったわね! 6打点って」

「満塁ホームラン返しからの『ルーズヴェルト・ゲーム』、やばかったですね!」

「そうそう、『ルーズヴェルト・ゲーム』ってよく聞くけど…何なの?」

「『8-7』のスコアの試合をそう呼ぶんですって。かつての大統領フランクリン・ルーズヴェルトさんが、『野球は8-7の試合こそ一番面白い』と言ったとか何とか」

「あ、万波、ナイスヒット!」

「調子上がってきましたね、万波」

「さあ絶好調の石井よ。一昨日あなたにもらった石井のカード、孫にあげたら喜んでたわ」

「それはよかったです。にしても、石井がこんなに爆発するとは思わなかったですよね」

「昨日も3安打…あ、打ったわよ、おっきいわ」

「おおおおおおお、こっち来る!!!」

「わああ、すっごい、頭こえて行ったわよ!!!」

「2階席まで飛びましたね!!! すげえな石井」

「彼にはこれがあるのよね」

「長打力ありますからね。しばらくセカンドは石井で固定されるかもですね」


 


「それにしても、今日もグーリンは安定してるわね」

「いやあ、近くで見ると、まさに『火球』って感じでしたよ。球速表示よりズシンと感じます」

「カーブもいいのよね。ハムはいいピッチャー獲ったわね。もうあっという間に5回よ」

「あ、言っちゃダメですよ」

「言っちゃダメってアナタ言っちゃってるじゃない。『まだパーフェクト』でしょ」

「あああ、言っちゃった」

「そんなことで打たれるようならダメよアナタ…あ、ヒット」

「こういうのあるあるですよね。言ったとたんに打たれるんです」

「あたしはむしろ、パーフェクトとかがかかってるとドキドキして見てられなくなるから、一本くらい打たれた方が安心なのよね」

「そういえば、いつも最終回の大事なとこでいなくなりますよね。どこ行ってるんですか?」

「コンコースをうろうろしてるのよ。昨日も田中正義が最後ハラハラさせるから、見てらんなくて」

「一番おもしろいところなのに!」

「わーっていう歓声で、だいたいどうなったかわかるから、いいのよ」

「あはは。じゃあ今日は安心して見てられますね」

「ね。グーリン、すごいわね。完封するんじゃない?」

「いや、完封どころか…」

「言っちゃダメよ、マダックスでしょ」

「言っちゃってるじゃないですか」

「でも、いつ頃からマダックスなんて言いはじめたのか、最近よね」

「ですね。そもそもマダックスってピッチャーが、そんな往年の人ではないですから」

「最近のピッチャーなの?」

「90年代ですね。野茂さんがデビューした頃のライバルですから、最近といえば最近ですかね」

「それだって、もう30年前の話になるのよね。時がたつのって早いわ」

「さあ、最終回。今89球だから…ギリギリだけど、いけますよ、マダックス」

「マダックスって99球まで? 100球ならマダックスじゃないの?」

「えーと、たしか100球未満だったと思います。だから99球までじゃないかなって」

「じゃあギリギリじゃない? あ、ショートゴロ」

「91球かあ、あとアウトふたつ」

「みんな、一球ごとにスコアボードの投球数を確認してるの、楽しいですね」

「グーリン狙ってるかな?」

「4点差ありますし、どんどんストライク取っていけるから狙って欲しいですね」

「村林、ちょっとイヤなバッターよね」

「昨日満塁ホームラン打たれてますからね」

「あ、空振り三振!」

「ツーアウトね! 96球ということは、あと3球ね」

「グーリン、この回全部ストライク投げてます、すごいな」

「待ったところでどんどんストライク投げられるから…」

「打っていくしかないんですよね。あ、ショートゴロ!!!」

「やったああああ、マダックス達成よ!!」

「いや、ほんとに、とんでもないピッチャーですよ!!!」

「3連戦3連勝ね。楽天もいいチームだけど、勝ててよかったわ」

「ほんとですね。4月はエスコンでまったく勝てなくて苦しかったですからねえ」

「今日オリックスが負けたら、単独首位ね! さ、帰るわね、孫たちと晩御飯なの」
「あ、今日は母の日でもありますものね。楽しんでくださいね、また次回お会いしましょう」

「次はオリックス戦ね、楽しみだわ」



 

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「打って! マンチュー!」と満里奈似が叫んだ〜僕のファイターズ大航海日誌 #26
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成瀬英樹
成瀬英樹
5月12日 8:22

なんて試合だよまったく。だってそうだろ? レイエスと万波のホームランで3-0で勝ってて、ファイターズの先発は加藤だぜ。安定感がユニ着てボール投げてるようなピッチャーなんだよ、加藤っていえば。「今日はゆっくり観られますね」って前の席のおっさんが振り向いて話しかけてきた。オレもそう思ってた。「今日は楽勝だよね」って答えた。

 

そのおっさん、iPadかなんだかのタブレットにタッチペンでせっせとスコア書いてんのが見えた、汚ねえ字でさ。アナログなのか未来なのかわかんねえ、ほんと世の中いろんな人がいるよな。

 

3回が終わったあたりでオレはもう、エスコンの中の寿司屋で日本酒キメようとコンコースを歩き出した。今日もすっげえ入り、すれ違うみんなマジで楽しそうだ。派手目なおねえさんも、おっさんもおばちゃんも子どもたちもヤンママもイクメンパパも、なんなら犬だって笑ってる(そう、犬だって野球観戦するんだぜ)。エスコンは「野球も観られるでっかいテーマパーク」だ。オレにとっちゃ「野球も観られるどでかい居酒屋」って感じだけどな。酒も食いもんも充実してて最高。ピザも焼肉も海鮮もスイーツも、全部うまい。

 

で、オレは寿司屋のカウンターに座って、試合をモニターでちょいちょい見つつ呑んでた。そしたら隣に座った、ちょっとだけ渡辺満里奈に似てるといえなくもない女が赤い顔してさ、「あたしいっつもここに呑みに来てんのか野球観に来てんのかわかんないわよね」って嬉しそうに寿司屋の女将にぼやいてた。女将は「どっちもダイジに決まってるわよ。ね?」ってオレにウィンクした。

 

満里奈似の女は『MANNAMI 66』ってユニフォーム着てて、酔ってるオレはつい「さっきの万波のホームラン、エグかったね」って話しかけたんだ。そしたら「そうなの、マンチューはライトにおっきいの打ち出したら調子いいんだから!」って言ってカウンターばんばん叩き出した。「昨日だって、一番悔しいのはマンチューなんだから!」って目を潤ませてんだ。

 

だからオレも、わかるわかる、よかったよな今日は、いきなりホームラン打って。なんつっても万波中正、略してマンチューだよな! 新庄さんも思い切ったことするよな、でもあれは悔しさをマネージメントしてるわけでさ、とかなんとか適当なこと言って、試合そっちのけでガンガン呑んでた。そしたら、ウワッーーー! と場内の数万人が悲鳴あげた。いやマジで、あんな壮絶な群衆の声は初めてだった。顔を上げたら楽天の村林が涼しい顔でホームインしてる映像が映ってた。

 

オレたちがしこたま呑んでる間に、加藤が逆転満塁ホームラン打たれてこの回6点。安定感がユニ着て投げてる加藤が炎上だよ。一気に酔いが覚めた。さっきまで3点勝ってたのに、今じゃ3点負けてる。野球はわかんねえよな。

 

「大丈夫、マンチューが“満塁ホームラン返し”してくれるから!」って叫んだ満里奈似は寿司セットとレモンサワーを追加。「そうだ、万波はそういう男だ」ってオレも冷酒のおかわり頼んだ。「乱打戦上等」と満里奈似。「It ain’t over till it’s over」とオレ。

 

6回、楽天の松井から先頭のレイエスがフォアボール選んだあたりで、満里奈似の目がすわってきた。「2点差くらいとっととひっくり返しなさいよ」とか言いながらモニターを見つめてる。

 

「このまま野村と清宮が塁に出たら、マンチューに満塁で回るんだからね」

 

ほんとにその通りになった。野村がライトにヒットで一二塁、清宮もフォアボールで満塁、そして万波に打席が回ってきたんだ。

 

何万人もの観客があげる声援がうねって、エスコンは異様な空気に包まれてた。寿司屋の客たちも今はモニターをじっと見つめてる。でも、誰も次に何が起きるかなんてわかんねえ。金持ちもエリートも、オレみたいな呑んだくれも。

 

だからこそオレたちは願いをこめて、ちっちゃいボールに人生を託すのかもしれない。野球って、すげえよな。万波はいま、何万人の願いを背負って立ってる。

 

打って! マンチュー!

 

満里奈似が叫んだ瞬間、万波が打った打球はエスコンの高い屋根に向かって弧を描いた。そいつがレフトのブルペンに飛び込んだとたん、オレは拳を突き上げて叫んだ。逆転満塁ホームランだ! 見知らぬ誰も彼もが声をあげて、ハイタッチして、抱き合ってた。

 

涙ぐちゃぐちゃの満里奈似がオレの背中を叩いて叫んだ。「ほらだから言ったじゃない! マンチューが“満塁ホームラン返し”してくれるって言ったじゃなーい!」

 

まったくだよ。ここに一人、未来が見える人間がいたってことだ。


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レイエス完全復活~僕のファイターズ大航海日誌 #24
成瀬英樹
成瀬英樹
5月4日 22:00

西武の先発が隅田と知った瞬間、私は小さくうなずいた。清宮は外れる、と。

数字は正直だ。隅田と清宮の対戦成績は15打数で安打ゼロ。加えて、昨日は決定的なエラーもあった。首脳陣だって彼の休養を考えてもいいだろう。そんな予感は、やはり的中した。
 

ライトスタンドのいつもの席。今日も黒縁メガネの男がiPadでスコアをつけている。白髪まじりで、年齢は50代中盤くらいだろうか。いつも一人で静かに観戦している。前回言葉を交わして以来、少しだけ会話が増えた。「隅田だね」と声をかけると、「ええ、今日は厳しいですね」と彼は笑った。相手投手と打者の相性、直球とスライダーの質、そんな話題を交わしながら試合を待つ。若い頃のようにただ声を張り上げるだけではない。今は、こうして試合前に静かに読み合う時間もまた、野球観戦の楽しみのひとつなのだ。
 

試合が始まると、意外にもファイターズ打線がまず主導権を握った。レイエスが隅田の2球目をしっかりと捉え、打った瞬間、それとわかる打球はあっという間にスタンドへ消えていった。前日の最終打席に続く2打席連続の一発。ホークス戦ではメンバーを外れていただけに、この一打は本人にとっても特別なものだっただろう。続く3回裏にも、レイエスは左中間へ鋭い打球を運び、追加点をもたらした。ベース上で控えめに喜ぶ彼の姿は、どこか安堵と誇らしさが入り混じっているようだった。


若い投手、達孝太も見事だった。6回1失点。今季初登板とは思えない落ち着きで、堂々とした投球を続けた。マウンドで腕を振る姿はまだ華奢だが、逆に新鮮に映る。こうして少しずつプロの舞台に馴染み、大人になっていくのだろう。年を取ると、どうしても若い芽に目がいく。彼らの姿には、どこか未来を託したくなる思いがある。



続くマウンドには池田、河野といったファイターズ自慢の中継ぎ陣が登場し、スコアボードに静かにゼロを並べ、試合を落ち着かせていく。そして試合を締めくくるアンカーを任されたのは、もちろんクローザーのジャスティスこと田中正義だ。
 

2点差で迎えた9回、田中正義がマウンドに上がる。一死後、ライオンズ中村剛也が放った一発。打った瞬間、それとわかる美しい放物線が、静かにスタンドへ吸い込まれていった。敵ながら、その一振りには胸が熱くなった。長いプロ生活で積み上げてきた意地と矜持。そのすべてが詰まった打球だった。ベテランの一発には、若い選手とはまた違う、重く深い意味があるように感じた。
 

だが田中は崩れなかった。きっちりと後続を抑え、3-2で試合終了。私は静かに息を吐き、ゆっくりと立ち上がった。これでようやくエスコンで4勝目。やれやれ、と思わず独りごちた。
 

勝つ日もあれば、負ける日もある。ただ、それが野球というものだ。スタンドに流れる応援歌を背に、勝利の余韻を少しだけ名残惜しみながら、私は帰り支度を始めた。
 

帰り道、ふと新千歳空港の「ファイターズカフェ」での出来事が頭をよぎった。あの日、何気なく頼んだバーガーのバンズに「背番号を入れられます」と言われ、私は迷わず「21番で」と告げた。自分が清宮幸太郎という選手に思い入れを抱いていると気づいた瞬間だった。焼き目がついたバンズの「21」を眺めながら、私は静かに胸が熱くなっていた。清宮の未来を思ったのだ。まだ不安定な部分も多いが、それでもチームを背負う存在になってほしい。そう願わずにはいられなかった。昨夏以降の彼の活躍を思い返すたびに、どんな大きな夢だって見ていいのだと、自然と思えるようになっていた。
 

今日のようにスタメンを外れる日もある。野球は時に残酷だ。だが、それを受け入れ、また前を向くことこそ、この世界の流儀でもある。きっと彼は這い上がる。まだ若い。まだ時間は十分にある。私は静かにそう信じている。
 

あの21番が、歓喜の輪の中心で、誰よりも眩しい笑顔を見せる日がきっと来る。その時、私は静かにスタンドからそれを見届けるだけだろう。それで十分だ。そうしてまたひとつ、この胸に、野球とともに刻まれる記憶が増えていくのだから。

あした、あした!〜僕のファイターズ大航海日誌 #23
成瀬英樹
成瀬英樹
5月3日 22:00

私、ファイターズが大好きすぎて、今年からエスコンフィールドで飲食デリバリーのバイトを始めました。
 

バイトといっても、試合中に注文が入ったらお客さんの席までごはんやドリンクをお届けするだけ。だから、大好きなファイターズの試合を間近で感じながら働けるし、本当に楽しいんですよね。プレーの合間にはちゃっかり応援もできるし、毎日ワクワクしています。
 

いつも開門直後から球場入りします。エスコンフィールド北海道は本当にオシャレで素敵な場所で、何度訪れても「いいなぁ」と思ってしまいます。球場内のデザインや雰囲気も最高で、ファイターズファンはもちろん、今日はビジターの西武ファンさんたちもたくさん来ていて、全体がとてもいい雰囲気に包まれていました。お互いのファン同士が一体感を持って盛り上がる瞬間が、私はとても好きです。
 

試合が始まると、注文ラッシュが一気にやってきました。そう、ゴールデンウィークの真っ只中だもんね。私のエリアではおにぎりセットが特に大人気。「パリパリの海苔」と「具が入った白飯」が別包装されていて、おまけに「飲む出汁」がついているお得なやつなんです。「わあ、またおにぎりか~」と心の中で思いつつ、せっせとテキパキ運び続けました。お客様から「ありがとう」と声をかけてもらえるのも、この仕事のやりがいのひとつです。
 

そんな忙しい中、少し心が和む瞬間もありました。1Fライトスタンドに座る白髪まじりの黒縁メガネのおじさん。iPadでスコアをつけているその姿が印象的でした。確か前回もお届けした方だと思って「こないだもスコアつけてましたよね?」と声をかけると、にっこり笑ってくれました。その笑顔がなんだかとてもあたたかく、野球愛って本当にいいなぁと感じたひとときでした。おじさん、美味しそうにおにぎりを食べていました。
 

もちろん、仕事中でも試合の展開はしっかりチェックしています。今日の相手はライオンズは今井投手。これがまた、すごかったんです。ファイターズ打線はほとんど手も足も出ず、7回まで無得点。今井投手は今や日本を代表するピッチャーなのではないか、と試合を見ながら思わず唸りました。ボールのキレ、コントロール、どれをとっても圧巻でした。


 

ライオンズは着実に得点を重ねていきます。ホームランやタイムリーでじわじわと点を積み上げ、極めつけは清宮くんのトンネルエラー。あの芸術的とも言える股間抜け。本当に悔しかった…。今年の清宮くんは守備面でかなり悩んでいる様子があり、エラー数もリーグトップと聞きます。そんな姿に「がんばれ!」と自然と心の中でエールを送りました。だって絶対チームにとって必要な人なんです、清宮くんは。
 

ファイターズは簡単には諦めません。8回裏、ついに奇跡が起きたのです。まず四番・野村くんが二塁打で出塁。この一打でエスコンの空気がガラリと変わりました。そしてレイエス! 彼が豪快なスリーランをライトスタンドへ。打った瞬間、放物線を描くボールに目を奪われました。球場中が歓声に包まれ、私もトレーを持ったまま思わず「キャー!」と叫んでしまいました。お客さんも笑顔で、あの瞬間、球場全体がひとつになった気がしました。



 

これで4対3。あと1点、あと1本。しかし、最後は相手リリーフ陣にしっかり抑えられ、追いつくことはできませんでした。悔しさは残りましたが、それ以上に心から「いい試合だったな」と思える内容でした。
 

バイトを終えてロッカーで一息つき、「今日はレイエス様に元気をもらったな~」としみじみ感じました。帰りのバスの中でも、あのホームランのシーンが頭から離れませんでした。家に着いてからも録画を何度もリピートしてしまい、試合の余韻に浸り続けました。
 

やっぱり、好きなことを仕事にすると、毎日がもっともっとキラキラするものですね。エスコンでのバイトは忙しくて大変なときもあるけれど、選手たちのプレーから元気をもらえるのでやめられません。これからもファイターズを全力で応援しながら、お客様に美味しいお料理を届けていきたいと思っています。
 

さて、明日は期待のプロスペクト・達くんが今季初登板! どんな投球を見せてくれるのか楽しみです。もしエスコンで見かけたら、ぜひ声をかけてくださいね。それでは今日はこのへんで。また次回の観戦日記でお会いしましょう。ばいばい~~~っ☆